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不眠症

疫学と社会経済的影響

不眠症は日本で非常にありふれた疾患です。厚生労働省の資料によれば、成人の約30~40%が何らかの不眠症状(入眠困難、中途覚醒、早朝覚醒など)を訴えており、そのうち慢性的な不眠症(少なくとも3ヶ月続くもの)は約10%にみられます。また、加齢に伴い不眠症は増加する傾向があります。さらに、日本では不眠症のために睡眠薬を服用している人が成人の約5%に上るとの報告もあります。これらの数字から、不眠症が多くの人に影響を与えていることがわかります。

日本の不眠症の有病率は欧米諸国と同程度と報告されています。例えば、ある疫学研究では日本人成人の過去1ヶ月の不眠症状の有病率を21.4%と推定しており、文化の違いにもかかわらず欧米(約20%前後)と同等であることが示されています。世界全体で見ても、不眠症を患う人は成人の約10%にのぼり、更に約20%が一時的な不眠症状を経験するとされています。このように不眠は国境を超えて頻繁にみられるものですが、一方で、不眠の定義や評価方法によって有病率には差が生じることもあります。例えば「2週間以上持続する不眠症状」という厳格な基準では日本の不眠症有病率が4.0%との報告もあります。このような違いはありますが、総じて日本を含む各国で約5人に1人が不眠症状に悩んでいるというのが共通した見解です。

不眠症、睡眠不足が社会にもたらす経済損失は甚大です。米国のシンクタンクであるランド研究所の試算によれば、睡眠不足による日本の年間経済損失は約15兆円(GDPの約3%)にも達するとされています。これは労働生産性の低下や労働災害の増加、医療費の増大などを合計したものです。不眠により日中の集中力や作業効率が低下すれば、企業の生産性が落ち国全体の経済活動にも影響します。また慢性的な睡眠不足の状態では、通勤中の交通事故や職場でのヒューマンエラーが増えるリスクも指摘されています。不眠症患者はそうでない人に比べ医療機関の受診率や医療費負担が高い傾向も報告されており、健康保険財政への影響も無視できません。国際的にも、日本人の平均睡眠時間は主要国で最も短い水準にある状況です。

不眠症とは?

不眠症(insomnia)は、「十分な睡眠の機会と環境があるにもかかわらず、眠りにつけない・眠りを維持できない・早朝に目覚めてしまう、といった睡眠の困難が続き、その結果、日中の倦怠感・注意力低下・気分不良などの支障が生じる状態」と定義されます。つまり、単に夜眠れないだけでなく日中の機能障害(疲労感、集中困難、抑うつ気分など)を伴う場合に、不眠症という病的な状態とみなされます。不眠症の診断基準は国際的にも統一が進んでおり、代表的なものにDSM-5(精神疾患の診断統計マニュアル第5版)とICD-11(国際疾病分類第11版)があります。DSM-5では、不眠症(Insomnia Disorder)を以下のように定めています

  • 睡眠の量または質への不満があり、①入眠困難、②睡眠維持困難(途中で頻繁に目が覚める/覚醒後に再入眠できない)、③早朝覚醒のうち少なくとも1つの症状が存在する。
  • その結果、苦痛または日中の社会的機能に支障をきたしている。
  • この状態が週に3夜以上、少なくとも3ヶ月間持続している。
  • 他の睡眠・覚醒障害や精神・身体疾患、精神作用物質(薬物やアルコール等)によって十分説明できない。

ICD-11においても不眠症は同様に位置づけられており、「慢性不眠症(Chronic insomnia)」と「短期不眠症(Short-term insomnia)」に分類されています。慢性不眠症は少なくとも3か月にわたり持続するものを指します。短期不眠症は一過性(3か月未満)の不眠状態で、急性ストレスや環境の変化に伴って生じる一時的な不眠を指します。ICD-11でも「入眠困難」「睡眠維持困難」「早朝覚醒」といった症状を特徴とし、十分な睡眠機会があるにも関わらず睡眠が阻害される点が強調されています。

なお、以前の診断基準(DSM-IVなど)では「熟眠障害(眠りが浅く熟睡感が得られない)」も不眠症状に含まれていましたが、DSM-5では主観的な熟眠感の欠如のみでは診断基準に該当しなくなりました。これは熟眠障害が単独で現れることは稀であり、客観的な測定が難しいためです。しかし臨床的には、眠っているのに疲労感が残る「睡眠の質の低下」も患者の訴えとして重要であり、治療方針を考える上で考慮されます。

不眠症状は主に以下のタイプに分類されます。

  • 入眠障害: 床についてから眠りに入るまでに長時間を要するタイプです。一般的に、入眠に30分以上かかる状態が頻繁に続くと入眠障害とされます。
  • 中途覚醒(睡眠維持障害): いったん眠りについても夜間に何度も目が覚めてしまうタイプです。浅い睡眠が続き、途中で目覚めてから再入眠が困難になることも含まれます。
  • 早朝覚醒: 明け方に予定よりも数時間早く目が覚め、その後再び眠ることができないタイプです。
  • 熟眠障害(非回復性睡眠): 睡眠時間は一見とれているのに、眠りが浅く熟睡した感じが得られないタイプです。夜間にぐっすり眠れた実感がなく、起床時から疲労感が残ります。これは他の入眠障害や中途覚醒に伴って現れることが多いです。

これらのタイプは併存することも多く、例えば入眠にも時間がかかり途中で目が覚めやすいといった混合型の不眠もみられます。

上述のとおり、症状が続く期間によって不眠症は短期不眠症(Short-term insomnia)と慢性不眠症(Chronic insomnia)に分類されます。短期不眠症は出張・旅行で環境が変わったときや試験・発表前の緊張時など、一時的な要因で数日~数週間(3か月未満)眠れない状態を指し、多くは原因事象の解決や時間の経過とともに自然回復します。一方、慢性不眠症は3か月以上にわたり不眠と日中の機能障害が続く状態で、治療介入が必要となります。慢性不眠に陥ると、患者は「また眠れなかったらどうしよう」という不安や「しっかり眠らねば」という焦りから就床時に過度な緊張を来し、不眠症状がさらに悪化する悪循環に陥りがちです。このような場合、自力での改善は難しく、専門的な治療によってこの悪循環を断ち切ることが重要になります。

睡眠の意義とは?

そもそもなぜ睡眠が必要なのでしょう。現在も世界中で睡眠の研究が行われていますがこの問いに明確に答えることはできていないです。しかし睡眠の意義として判明してきていることもあります。

断眠実験:睡眠をとらないとどうなるのか?

動物実験からわかったこと

睡眠の必要性を知る手がかりとして、まず「睡眠を完全に奪う」と何が起きるかを見る断眠実験が行われてきました。古典的な動物実験では、ラットを強制的に起こし続けることで完全な睡眠剥奪を試みています。結果は衝撃的で、実験開始から11~32日以内にすべてのラットが死亡に至りました。解剖しても明確な死因となる器質的損傷は見当たらず、死亡直前のラットには衰弱や体温低下、皮膚のただれなどの症状がみられました。興味深いことに、ほとんどのラットで敗血症(血液中に細菌が侵入した状態)が確認されており、睡眠不足による免疫機能の崩壊が死因に関与している可能性が示唆されています。つまり、眠らない状態が続くと体の生体防御すら維持できなくなるということです。

人間での極限断眠記録とその影響

人間の場合、倫理的な制約から動物のような致死的な断眠実験はできませんが、歴史上いくつかの極限記録があります。有名なのは1965年に当時17歳のランディ・ガードナー氏が行った自主実験で、彼はなんと264時間(約11日間)ものあいだ一睡もしませんでした。その結果、実験の終盤には被害妄想や幻覚を見るなど精神に異常をきたしたと報告されています。幸いガードナー氏はその後十分な睡眠をとることで回復し、長期的な後遺症は残さなかったとされています。しかし、だからといって人間が眠らなくても平気というわけでは決してありません。

たとえ極限的な断眠をしなくとも、わずかな睡眠不足が私たちの認知・判断能力に深刻な影響を与えることがわかっています。例えば17~19時間連続で起き続ける(早朝7時に起床して真夜中まで起きている)と、注意力や反応速度は血中アルコール濃度0.05%の酩酊状態時と同程度に低下するという研究結果があります。わずか一日中寝ない程度でも、自動車の運転や機械操作では重大事故につながりかねないほど認知機能が損なわれるのです。

また睡眠不足は身体の免疫力も下げます。人を対象にした実験で、一晩の睡眠時間を4時間に制限したところ、翌朝にはNK細胞(ナチュラルキラー細胞、ウイルスや腫瘍細胞を攻撃する免疫細胞)の働きが通常の72%程度にまで低下したとの報告があります。このように免疫機能が抑制されるため、慢性的な睡眠不足の人は十分睡眠をとっている人に比べ、感染症にかかりやすくなる傾向が知られています。実際、1日6時間未満の睡眠しかとらない人は感冒(風邪のこと)ウイルス暴露後に風邪を発症するリスクが7時間以上眠る人の4倍以上にもなるという研究データもあります。

さらに気分面でも、徹夜明けには些細なことで苛立ったり不安定になったりする経験をした方も多いでしょう。これは脳の扁桃体(へんとうたい、情動反応の中枢)の暴走によるものです。ある睡眠剥奪実験では、睡眠不足の被験者では扁桃体の反応性が通常より60%以上過剰に亢進しており、脳の理性を司る前頭前野からの制御が効かなくなることが示されました。つまり眠らないと感情のブレーキが利きにくくなり、怒りっぽくなったり不安が強まったりするわけです。

このように、人間においても睡眠不足が続けば認知機能の低下、免疫機能の抑制、情動の不安定化など身体・精神の両面に深刻な悪影響が現れるのです。

致死性家族性不眠症(Fatal Familial Insomnia:FFI)

「眠らないと死ぬ」という事実を究極的に示すのが、致死性家族性不眠症(Fatal Familial Insomnia:FFI)と呼ばれるきわめて稀な遺伝性の脳疾患です。致死性家族性不眠症(FFI)では視床という脳の部位に異常なプリオン蛋白質が蓄積し、中年期頃から不眠症状が悪化していきます。一旦この病気が発症すると、患者は徐々に眠る能力そのものを失ってしまいます。わずかなうたた寝すらできなくなり、自律神経の失調や認知機能の崩壊、幻覚発作などが次々と起こります。残念ながら最終的には多臓器不全に陥り、発症から平均18か月ほどで死亡に至ります。長くても数年のうちに例外なく命を落とすこの病は、睡眠が生命維持に絶対不可欠であることを如実に物語っています。

以上の断眠実験や病例から明らかなように、睡眠を軽視すれば脳も体も正常な機能を維持できず、最終的には命に関わるのです。それほどまでに重要な「睡眠」には、一体どのような役割があるのでしょうか?

睡眠の基本的な役割

記憶の定着と神経可塑性

睡眠の大きな役割の一つに、「記憶を整理し定着させること」があります。実験心理学の黎明期から100年以上にわたる研究で、睡眠が記憶の保持と学習の定着を助けることは確立された事実です。具体的には、新しく学習した情報はノンレム睡眠の間に海馬を中心とした脳内で再生(リプレイ)され、大脳皮質に長期記憶として定着すると考えられています。私たちが「寝て覚える」という言葉を使うように、テスト勉強や技術習得の後に十分眠ることで成績やパフォーマンスが向上する現象は、日常的にも経験されるところでしょう。実際、「よく眠った方が記憶が定着しやすい」ということを示す研究結果は枚挙にいとまがありません。

さらに近年の神経科学は、睡眠中に脳内ネットワークの再構築が行われていることを示唆しています。私たちの脳は覚醒中に得た刺激や学習によってシナプス結合(神経細胞同士の接続)が強化されますが、一方で一日に蓄積した興奮状態をリセットしなければ新しい情報をこれ以上記憶できなくなってしまいます。そこで提唱されたのがシナプス恒常性仮説(synaptic homeostasis hypothesis)です。この仮説によれば、睡眠中(特に深い徐波睡眠中)に全体的なシナプス結合の強さをスケールダウン調整することで、覚醒中に増大した脳内のシナプス結合量を健全な範囲に保っているとされます。平たく言えば、睡眠によって脳内の神経可塑性(neural plasticity:神経回路が使われ方次第で変化し得る性質)が維持され、脳がオーバーヒートしないように配線を整理し直しているということです。十分な睡眠をとった翌朝に頭が冴えわたって新しい知識をすんなり吸収できるのは、睡眠中に脳内メモリの空き領域が確保されシステムが最適化されているからだと考えられます。逆に言えば、慢性的な寝不足状態では前日に学んだことがきちんと定着しないうえ、新たな情報を学習するための脳の準備も不十分なままとなるため、学習効率や創造性が著しく低下してしまうのです。

免疫機能の維持と増強

「よく寝る子は育つ」「風邪のときは寝るに限る」という言葉にも表れているように、睡眠は免疫機能とも密接に関係しています。睡眠中、とりわけ深いノンレム睡眠時には、免疫を司るサイトカイン(免疫細胞から放出されるシグナルタンパク質)の産生が促進されます。サイトカインには炎症を引き起こして病原体を攻撃するものや、睡眠そのものを誘発する作用を持つもの(例:IL-1〔インターロイキン-1〕やTNF-α)もあり、感染症と睡眠には双方向の関係があります。実際、風邪やインフルエンザにかかったとき体が強い眠気を催すのは、サイトカインによって眠りを深くし、免疫防御を高めようとする生体反応だと考えられています。

一方、睡眠不足になると免疫システムの働きはたちまち低下してしまいます。先に触れたように、たった一晩短く眠っただけでもNK細胞(ナチュラルキラー細胞)の活性低下が観察されるほどです。また、睡眠不足の状態では炎症性のサイトカイン産生が平常時より増加し、体内で慢性的な炎症反応が起こりやすくなることも報告されています。このような免疫バランスの乱れにより、寝不足の人は感染症のみならず様々な病気のリスクが高まります。前述のように睡眠時間の短い人ほど感冒(風邪のこと)にかかりやすいという疫学データや、慢性的な睡眠不足がワクチン接種後の抗体産生を減弱させるといった研究報告もあります。さらに長期的には、睡眠不足の積み重ねが肥満・糖尿病・心疾患・認知症・がんなど多くの疾患リスクの上昇に関与することが明らかになっています。このように、睡眠は免疫系のメンテナンスと強化に不可欠であり、健康長寿のためにも質の良い睡眠を確保することが重要なのです。

情動の調整と精神衛生

充分な睡眠は情動(感情)のコントロールにも欠かせません。私たちが日中に経験した出来事やストレスは、睡眠中に脳内で整理され、感情的な記憶は徐々に安定化すると考えられています。とりわけレム睡眠(夢を見る段階)の間には、嫌な記憶に伴う感情的な痛みが和らげられ、記憶自体は保持しつつも心の整理がつけられるという仮説もあります。これは一種の情動処理であり、嫌な経験をしても一晩寝ると気持ちが少し楽になる、といった実感とも合致するでしょう。

反対に、睡眠不足は情動の調節不全を引き起こします。睡眠が足りないときに怒りっぽくなったり悲観的になったりしやすいのは、多くの人が思い当たるところではないでしょうか。脳科学的には、睡眠不足の状態では扁桃体の活動が過剰になり、理性的なブレーキ役である前頭前野との連携が乱れることが判明しています。その結果、怒り・不安・恐怖といったネガティブな感情が増幅されやすくなるのです。ある研究では、一晩徹夜した被験者は十分睡眠をとったときに比べて扁桃体の反応が60%以上も強まっていたことが報告されています。これは、睡眠不足だと感情を抑制できずに情動過敏な状態に陥ることを意味します。事実、慢性的な睡眠不足はうつ病や不安障害など気分障害の発症リスクを高めることが複数の追跡調査研究で示されています。また、イライラや不安感だけでなく、睡眠不足は判断力の低下や注意力の散漫にも直結するため、人間関係のトラブルや仕事・学業上のミスが増える原因にもなりえます。このように心の健康の面でも、睡眠は安定したメンタルを維持する土台として重要な役割を果たしているのです。

グリンパティックシステム:脳のクリーニング機能

グリンパティックシステムとは?

近年、新たに解明された睡眠の重要な機能としてグリンパティックシステム(glymphatic system)があります。グリンパティックシステムとは、一言でいうと脳の洗浄排出システムです。これは2012年頃に発見された比較的新しい概念で、脳内の老廃物や有害な代謝産物を洗い流す仕組みを指します。脳にはリンパ管がほとんど存在しないため、長らく「脳のゴミ」はどのように処理されているのか謎でした。グリンパティックシステムの研究によって、その答えはグリア細胞(神経膠細胞、脳の神経細胞以外の細胞のこと)を介した特殊なリンパ排出経路にあることが判明したのです。眠っている間、脳脊髄液がこの経路を通って脳組織の隙間を巡り、活動中に蓄積した老廃物を洗い流します。

興味深いことに、このグリンパティック機能は睡眠時、とりわけ深いノンレム睡眠時に最大限に発揮されます。マウスを用いた実験では、覚醒時と比較して睡眠時には脳細胞の間隙(すきま)が約60%広がり、脳脊髄液の流れが促進されることが示されています。その結果、睡眠中は覚醒時より老廃物の除去効率が格段に上がり、覚醒状態では蓄積してしまう代謝産物が効果的にクリアされることがわかりました。実際、ある研究では覚醒中にはグリンパティックによる老廃物クリアランスが睡眠中のわずか10%程度に低下する(つまり睡眠中の老廃物除去は覚醒時の約10倍)と報告されています。また老廃物除去の大部分は深い徐波睡眠(ノンレム睡眠ステージ3、)で行われることも明らかになっています(ノンレム睡眠はステージ1~4(浅い→深い)の4段階に分かれる)。このように質の良い深い睡眠をとることで、脳内に溜まった不要物を効率よく排出できるのです。

アルツハイマー病との関連

グリンパティックシステムが注目を集める大きな理由の一つは、アルツハイマー病との関連です。アルツハイマー型認知症の患者の脳内にはアミロイドβと呼ばれるタンパク質のゴミが蓄積することが知られています。このアミロイドβこそ、グリンパティックシステムが排出を担う主要な老廃物の一つなのです。充分な睡眠をとることでアミロイドβが脳からクリアされ、その蓄積を防ぐことで結果的にアルツハイマー病のリスクを下げている可能性があります。実際、慢性的な睡眠不足や睡眠の質の低下はアルツハイマー病発症の重要な危険因子であることが疫学研究から示唆されています。最新の研究では、一晩徹夜しただけでも健常者の脳内でアミロイドβ濃度が平常時より20~30%上昇するとの報告もあります。このことは、たとえ短期的な寝不足であっても脳内では老廃物が確実に蓄積し始めることを意味しており、睡眠不足の怖さを物語っています。

以上のように、グリンパティックシステムという脳の洗浄機構は睡眠とともに進化的に備わった重要な生理機能です。十分な深い眠りを取ることは、翌日の頭の冴えを良くするだけでなく、長い目で見れば神経変性疾患から脳を守ることにつながる可能性があります。夜更かしや慢性的な睡眠不足で脳のクリーニング時間が不足すると、老廃物が蓄積して将来の認知機能低下リスクを高めてしまうかもしれません。最新の科学は、「眠っているあいだに脳を掃除する」という興味深い事実を明らかにしつつあり、それが睡眠の重要性を改めて裏付けているのです。

睡眠の意義のまとめ

ここまで見てきたように、睡眠には脳の記憶固定やシナプスの調整、免疫機能の強化、情動の安定化、脳内老廃物の除去など、生命を維持し健康を保つために極めて重要な役割が数多くあります。睡眠をおろそかにすれば、短期的には注意力の低下や体調不良を招くだけでなく、長期的には高血圧・糖尿病・心疾患・認知症・うつ病など深刻な病気のリスクを高め、ひいては寿命を縮める可能性さえ指摘されています。最新の科学研究は、睡眠が単なる「休息」以上の意味を持つことを次々に明らかにしており、十分な睡眠を確保することの重要性を強調しています。

不眠症の原因

不眠症は単一の原因で起こることもありますが、しばしば複数の要因が絡み合って発症・持続します。主な原因要因を分類すると、心理的要因、生活習慣要因、環境要因、身体的要因、薬物・物質要因のようになります。それぞれについて詳しく見ていきましょう。

心理的要因

現代人の不眠の大きな原因の一つが心理的ストレスや精神的な要因です。仕事上のプレッシャー、人間関係の悩み、受験や試合前の緊張など、精神的ストレスが強まると交感神経が高ぶって脳が覚醒状態となり、寝つきの悪さや眠りの浅さを招きます。また、不安障害、パニック障害や適応障害など不安が強まる精神疾患では、不安感そのものやパニック発作によって睡眠が妨げられることがあります。うつ病との関連も深く、うつ病患者の80~90%が不眠症状を抱えるとも言われています。逆に、慢性的な不眠が続くことがうつ病発症の一因となる可能性も報告されており、不眠と心の不調は相互に影響し合う関係です。実際、うつ病では初期症状として不眠のみを訴える場合が少なくないです。また、不眠そのものが強い不安の種となり、「眠れないことへの恐怖」や「眠らなければという焦り」が生じると、就寝時にリラックスできず余計に眠れないという悪循環に陥ります。このような心理的要因による不眠は精神生理性不眠とも呼ばれ、不眠症の中でも頻度が高いタイプです。

生活習慣要因

日々の生活習慣や行動も睡眠の質に大きく影響します。不眠を誘発しやすい生活習慣としてまず挙げられるのが、カフェインの過剰摂取です。コーヒーや紅茶、エナジードリンクに含まれるカフェインには中枢神経を刺激して覚醒状態を維持する作用があり、夕方以降に大量に摂取すると就寝時間になっても脳が冴えて眠れなくなることがあります。カフェインには利尿作用もあるため、夜間のトイレ覚醒が増えて睡眠が中断される原因にもなります。

次に、日本では「寝酒」と称してアルコールを入眠目的に摂取する習慣も散見されますが、これは逆効果です。アルコールは入眠を一時的に促す反面、数時間後には代謝産物による覚醒作用が現れて睡眠を分断し、結果的に睡眠が浅くなります。アルコール摂取後は深いノンレム睡眠が減り中途覚醒が増えるため、眠りの質が悪化して熟睡感が得られなくなります。「眠れないからお酒を飲む」という対処は長期的には不眠を悪化させるので避けるべきです。

さらにニコチン(喫煙)も覚醒作用があるため就寝前の喫煙で寝付きが悪くなります。

またスマートフォンやパソコンなどの電子機器の夜間使用も問題となることがあります。ベッドに入ってからスマホでSNSを見たりゲームをしたりする行為は、精神的にも興奮状態となるため、寝付きの悪さを助長します。

このほか、夜更かしや不規則な就寝・起床時刻、夜勤・交代勤務による昼夜逆転生活など生活リズムの乱れも不眠症の重要な原因です。特に交代制勤務では体内時計がずれやすく、慢性的な不眠や日中の過度な眠気に悩まされる人が多いことが知られています。

環境要因

睡眠環境の不備も不眠の原因となります。夜間の騒音(交通騒音・隣人の物音・いびきなど)は睡眠を中断させ、覚醒を引き起こします。特に睡眠が浅い高齢者やストレス下にある人は、小さな物音でも目が覚めやすくなります。また、室内の温度・湿度も重要です。夏場に暑すぎたり冬場に寒すぎたりすると熟睡しにくく、明け方の室温低下で目覚めてしまうこともあります。睡眠に適した環境としては、静かで暗く、適度な涼しさ(やや低めの室温)を保つことが推奨されます。

このほか、寝具が体に合わず不快感がある場合(マットレスが硬すぎる/柔らかすぎる、枕が高すぎる/低すぎる等)や、同居家族の生活リズムの違い(夜型の家族がいる等)も環境由来の不眠要因となり得ます。環境要因による不眠は、比較的対処が容易なことも多いので、耳栓やアイマスクの使用、寝室の遮光・遮音対策、快適な寝具の選択などで改善を図ります。適切な環境整備によって「環境性不眠(環境要因による一時的不眠)」は解消できるケースが少なくありません。

身体的要因

身体の疾患や生理的要因が原因で眠れないこともあります。代表的なものが閉塞性睡眠時無呼吸症候群(OSAS)です。この疾患では上気道閉塞のため睡眠中に何度も呼吸が止まるため、脳の低酸素状態、高炭酸血症になり、質の悪い睡眠となります。本人は「ぐっすり眠れない」「何度も目が覚める」といった自覚があり不眠症状を訴えますが、原因は呼吸閉塞によるものです。

同様に、むずむず脚症候群や周期性四肢運動障害では、入眠時の脚の不快感や不随意運動のために寝入れなかったり、眠りが中断されます。これらは一見不眠症に見えますが、不眠だけの問題ではなく固有の睡眠障害であり、治療も専門的になります。

また、慢性疼痛も不眠を引き起こす大きな要因です。関節リウマチや腰痛、線維筋痛症など慢性的な痛みに苦しむ患者では、痛みのために寝付けない・夜中に目が覚めてしまうといった訴えが非常に多くみられます。痛みが強いときは睡眠どころではなくなり、結果として慢性的な睡眠不足に陥るケースもあります。

さらに頻尿やかゆみなど、夜間に症状が悪化する身体症状も不眠を招きます。前立腺肥大症や過活動膀胱の患者が夜間に何度もトイレに起きれば睡眠は分断されますし、アトピー性皮膚炎などで皮膚の痒みがあれば眠りは浅くなります。このように、「体の病気」が原因で起こる不眠では、不眠そのものよりも背景にある疾患の治療が優先されます。

不眠症の治療

不眠症の治療は、大きく薬物療法と非薬物療法(心理療法や行動療法など)に分けられます。患者の不眠の原因やタイプ、重症度に応じて適切な治療法を選択し、必要に応じて複数の方法を組み合わせます。また、背景に他の疾患がある場合はその治療が優先されます。

オレキシン受容体拮抗薬(Dual Orexin Receptor Antagonists: DORA)

オレキシン作動性神経およびオレキシンの役割
覚醒と睡眠の調節

オレキシン(別名ヒポクレチン)は視床下部外側野に存在する約数千個の神経細胞から放出されるペプチドで、脳全体に広範な投射を送ります。オレキシン作動性神経は覚醒状態の維持に必須であり、睡眠・覚醒周期を安定化させます。オレキシンAとオレキシンBの2種類があり、これらは食欲調節因子として最初報告されましたが、現在では主に睡眠と覚醒のキー調節因子として知られています。オレキシン神経は青斑核(ノルアドレナリン作動性)、縫線核(セロトニン作動性)、結節乳頭体核(ヒスタミン作動性)などの覚醒促進中枢に特に密な投射を送り、それらを活性化することで長時間持続する覚醒状態を維持します。さらに情動(扁桃体など)やエネルギー恒常性(グレリンやレプチンなど末梢代謝シグナルに反応)とも連関し、必要に応じて覚醒レベルを調節しています。

神経伝達機構と脳内分布

オレキシンは前駆体であるプレプロオレキシンから切り出され、オレキシンAとオレキシンBとなります。オレキシン作動性ニューロンは視床下部外側野に限局して存在しますが、その軸索は脳全域に投射し、覚醒・睡眠だけでなく自律神経機能や情動応答にも影響を及ぼします。オレキシンはGタンパク質共役型のオレキシン受容体(OX1R, OX2R)に作用し、細胞内カルシウム濃度上昇などのシグナル伝達を引き起こします。オレキシン1受容体(OX1R)は主にGq経路に、オレキシン2受容体(OX2R)はGiおよびGq経路の両方にカップルし、神経興奮性を高める方向に働きます。脳内での受容体分布は不均一で、たとえばオレキシン1受容体(OX1R)は海馬、青斑核、視床下部腹内側核などに多く、オレキシン2受容体(OX2R)は大脳皮質、海馬、結節乳頭体核などに豊富です。これらのうち青斑核(覚醒維持に重要)や縫線核、結節乳頭体核(いずれも覚醒開始に関与)にはオレキシン1受容体(OX1R)およびオレキシン2受容体(OX2R)がそれぞれ発現しており、覚醒状態の制御に関わっています。

オレキシン欠乏による病態

オレキシンが欠乏すると、睡眠・覚醒の制御が破綻しナルコレプシーを発症します。特にナルコレプシータイプ1(カタプレキシー〔情動脱力発作〕を伴うもの)は、オレキシン作動性ニューロンの大半(90%以上)が選択的に失われ、脳脊髄液中のオレキシンがほぼ検出不能になることが原因とされています。この結果、日中の耐え難い眠気(過度の眠気)や突然の睡眠発作、情動に誘発される筋緊張消失(カタプレキシー)、睡眠麻痺、入眠時幻覚といった症状が現れます。オレキシン神経の喪失は人では自己免疫による破壊が有力視されており、一度失われると回復しません。モデル動物研究でも、プレプロオレキシン遺伝子ノックアウトマウスやOX2Rノックアウトマウス、オレキシン産生細胞を選択的に破壊したマウスはいずれも睡眠周期の断片化やナルコレプシー様の表現型を示します。特にオレキシン2受容体(OX2R)欠損やオレキシン神経完全欠損では顕著なカタプレキシー様症状が起こる一方、オレキシン1受容体(OX1R)欠損のみでは睡眠障害は比較的軽度であり、ナルコレプシー病態にはオレキシン2受容体(OX2R)が主要な役割を果たすことが示唆されています。

オレキシン受容体1(OX1R)とオレキシン受容体2(OX2R)の違い
受容体の分布と機能

オレキシン1受容体(OX1R)とオレキシン2受容体(OX2R)はいずれもオレキシンAを内因性リガンドとするGタンパク共役受容体ですが、発現分布と機能に違いがあります。オレキシン1受容体(OX1R)は主に海馬、視床下部(室傍核や腹内側核)、青斑核(LC)、縫線核(DR)などに発現し、オレキシン2受容体(OX2R)は大脳皮質全般、海馬、視床下部(室傍核・結節乳頭体核など)、および縫線核(DR)に発現します。両受容体とも脳の覚醒関連領域に広く存在しますが、例えばヒスタミン作動性の結節乳頭体核やコリン作動性基底前脳にはオレキシン2受容体(OX2R)が優位に、逆にノルアドレナリン作動性の青斑核にはオレキシン1受容体(OX1R)が発現するなど部位差があります。機能的には、どちらの受容体もオレキシン結合により神経細胞を興奮させ覚醒度を上げる方向に働きますが、そのシグナル伝達経路に若干の差異があります。オレキシン1受容体(OX1R)はGqタンパクにのみ結合しホスホリパーゼC経路を活性化するのに対し、オレキシン2受容体(OX2R)はGqおよびGiの双方に結合しうるため、細胞興奮の制御に柔軟性があると考えられます。

各受容体のリガンド親和性

オレキシンA(別名ヒポクレチン1)はオレキシン1受容体(OX1R)およびオレキシン2受容体(OX2R)の双方にほぼ同等の高い親和性で結合しますが、オレキシンB(別名ヒポクレチン2)はオレキシン2受容体(OX2R)に対して選択的に作用し、オレキシン1受容体(OX1R)に低い親和性(OX2Rの約1/10~1/100程度)しか示しません。このリガンド親和性の差は、オレキシンBが主にオレキシン2受容体(OX2R)を介して効果を発揮すること、一方でオレキシン1受容体(OX1R)は生理下では主にオレキシンAによって駆動されていることを示唆します。

覚醒維持・睡眠におけるオレキシン1受容体(OX1R)とオレキシン2受容体(OX2R)の影響

覚醒状態の維持にはオレキシン2受容体(OX2R)がより重要な役割を担うと考えられています。前述のように、オレキシン2受容体(OX2R)ノックアウトマウスは人のナルコレプシーに類似した顕著な昼間の睡眠発作やカタプレキシーを示すのに対し、オレキシン1受容体(OX1R)ノックアウト単独では症状が軽度に留まります。またオレキシン作動性神経が全て欠損したマウスでも、オレキシン2受容体(OX2R)ノックアウトマウスと同程度かそれ以上の重度なナルコレプシー様症状が生じます。これらの所見から、オレキシン2受容体(OX2R)は覚醒状態の安定化やREM睡眠の抑制に必須であり、オレキシン1受容体(OX1R)は補助的・冗長的な役割を果たす可能性があります。実際、オレキシン受容体拮抗薬の研究でも、OX2Rを阻害すると覚醒時間の減少や睡眠時間の増加が明瞭に現れる一方、OX1R単独阻害では効果が限定的であったとの報告があります。ただしOX1Rも全く機能がないわけではなく、特に情動や報酬系との関連で覚醒度を制御する経路に関与していると考えられています。両受容体はREM睡眠の抑制にも関与し、オレキシン1受容体(OX1R)とオレキシン2受容体(OX2R)はいずれも異なる経路を通じてREM睡眠への移行を防ぐ冗長な仕組みを持つとの知見もあります(例えばOX2Rは主に青斑核を介し、OX1Rは別経路でREM抑制に寄与するといった報告)。総じて、オレキシン2受容体(OX2R)は睡眠・覚醒リズムの主調整役、オレキシン1受容体(OX1R)はそれを補完する役割を担うと整理できます。

オレキシン受容体拮抗薬の作用機序
オレキシン受容体拮抗薬による睡眠誘導メカニズム

オレキシン受容体拮抗薬(Dual Orexin Receptor Antagonists: DORA)は、オレキシンA/Bがオレキシン1受容体(OX1R)およびオレキシン2受容体(OX2R)に結合するのを阻害することで作用します。これによりオレキシンによる覚醒維持シグナル("wake drive")が遮断され、脳は自然な睡眠状態へ移行しやすくなります。正常な生理では、オレキシン作動性神経は覚醒時に活動して下位のモノアミン系を賦活し覚醒を維持しますが、拮抗薬によりその伝達が遮断されると、覚醒系の活動が低下し睡眠のスイッチが入りやすくなると考えられます。デュアル(OX1RとOX2Rの両方)拮抗薬を投与されたラットやイヌでは、容量依存的に覚醒時間が減少し、ノンレム睡眠・レム睡眠の両方が増加することが確認されています。ヒトの臨床試験でも、オレキシン受容体拮抗薬(DORA)は睡眠潜時の短縮(入眠が早くなる)と総睡眠時間の延長、睡眠効率の改善をもたらしました。このようにオレキシン経路のみを選択的に遮断することで睡眠を促進する点が、本剤の作用機序の特徴です。

ベンゾジアゼピン系睡眠薬、非ベンゾジアゼピン系睡眠薬との比較

ベンゾジアゼピン系睡眠薬や非ベンゾジアゼピン系睡眠薬はGABA受容体に作用して中枢神経系全体の活動を抑制することで睡眠を誘導します。そのため脳活動全般が低下し、記憶形成や運動機能にも広く影響する(例:健忘やふらつき)ほか、長期使用で耐性や依存が生じやすい欠点があります。一方、オレキシン拮抗薬は覚醒維持に特化したオレキシン経路だけをブロックするため、脳全体の活動を一律に低下させず、生理的な睡眠パターンをより保ちやすいとされています。実際、オレキシン拮抗薬投与下ではノンレム睡眠とレム睡眠の両方がバランスよく出現し、深い睡眠から夢を見る睡眠まで正常に含まれる「健康的な睡眠構造」が維持されることが報告されています。また、オレキシン拮抗薬は必要な刺激があれば容易に覚醒できる点も従来薬と異なります。オレキシン経路遮断では覚醒システム自体は完全には抑え込まれないため、重要な刺激には反応して起きられる傾向が動物・ヒト研究で示唆されています。さらに筋弛緩作用が弱く呼吸抑制も起こりにくいと考えられ、睡眠時無呼吸症候群の患者において呼吸機能を悪化させないとのデータもあります。また依存性もありません。

一方でオレキシン受容体拮抗薬(DORA)に特徴的な副作用が出ることもあります。しばしばみられるのが悪夢の副作用です。夢関連の副作用は、オレキシン拮抗によりREM睡眠が増加し夢を見る時間が長くなるためと推測されています。オレキシン経路を抑制する薬理学的特性上、稀な副作用としてナルコレプシーに類似した症状が現れることがあります。具体的には、睡眠麻痺(入眠時または覚醒時に体が動かない、一種の金縛り)や一時的な筋力低下(情動脱力発作に似た脱力など)、入眠時の幻覚が報告されています。新しい作用機序ゆえに長期的影響の知見は限られており、引き続き安全性・有効性の評価が必要とされています。

スボレキサント、レンボレキサント、ダリドレキサントの比較

オレキシン受容体拮抗薬(DORA)には スボレキサント(ベルソムラ)、レンボレキサント(デエビゴ)、ダリドレキサント(クービビック)が含まれます。いずれもオレキシン1受容体(OX1R)およびオレキシン2受容体(OX2R)の両方を阻害します。ただし、それぞれ薬剤ごとに受容体への結合親和性や薬物動態に特徴があります。

  • スボレキサント (ベルソムラ)は世界初のオレキシン受容体拮抗薬(DORA)として発売されました。解離定数(Ki)(解離定数は小さい方が結合が強力)はオレキシン1受容体(OX1R)に対して約0.55 nM、オレキシン2受容体(OX2R)に対して0.35 nMと報告されており、ほぼ同程度の親和性で両受容体をブロックします。薬物動態的には経口投与後約2時間で血中濃度がピークに達し(Tmax~2h)、半減期は12時間程度です。
  • レンボレキサント (デエビゴ)もオレキシン1受容体(OX1R)とオレキシン2受容体(OX2R)を競合的に遮断しますが、オレキシン2受容体(OX2R)に対する親和性が高いのが特徴です。試験管内データではオレキシン1受容体(OX1R)の解離定数(Ki)が約4.8 nMであるのに対し、オレキシン2受容体(OX2R)に対しては0.61 nMと一桁以上強力に結合することが報告されています(解離定数は小さい方が結合が強力)。薬物動態上、Tmaxは1~3時間、半減期は17~19時間と比較的長く効くことが特徴です。睡眠の維持改善効果が高く、翌朝まで効果が持続しやすい薬剤とされていますが逆に、翌日の持ち越し効果(翌日起きた後も眠気が残ること)に注意が必要な側面もあります。
  • ダリドレキサント(クービビック)もオレキシン1受容体(OX1R)とオレキシン2受容体(OX2R)をともに阻害します。オレキシン1受容体(OX1R)の解離定数(Ki)が0.52 nM、オレキシン2受容体(OX2R)は0.78 nMで、大きな差はありません。半減期は約8時間とオレキシン受容体拮抗薬の中では短めであり、これによって翌日の持ち越し効果(翌日起きた後も眠気が残ること)を低減できる可能性があります。

ベンゾジアゼピン系睡眠薬と非ベンゾジアゼピン系睡眠薬

GABAA受容体の機能

ベンゾジアゼピン系睡眠薬も非ベンゾジアゼピン系睡眠薬もGABAA受容体の機能を増強することで作用を発揮します。GABAA受容体は中枢神経系で抑制性シグナルを担うイオンチャネル型受容体です。5つのサブユニットからなる五量体構造で、中心にCl-チャネルを形成します。GABA(γ-アミノ酪酸)がGABAA受容体に2分子結合することでCl-チャネルが開き、Cl-が細胞内に流入して神経細胞膜を過分極させます。その結果、興奮の発生が抑制され、GABAは脳全体で強力な鎮静作用を示します。

GABAA受容体はGABAが結合する部位とは別に、さまざまな薬物の結合するアロステリック部位が存在します。ベンゾジアゼピン結合部位(BZ結合部位)が存在し、ω受容体とも呼ばれます。この部位はGABA結合部位とは異なる調節部位であり、ベンゾジアゼピン系薬や非ベンゾジアゼピン系睡眠薬が作用します。これらの薬剤がベンゾジアゼピン結合部位に結合すると、GABAA受容体のCl-チャネル開口頻度が上昇し、GABAの作用が増強されます。重要な点として、ベンゾジアゼピン系薬や非ベンゾジアゼピン系睡眠薬単独ではチャネルを開口できず、GABAの存在下で初めて作用を発揮します。これにより過度の中枢抑制にブレーキがかかり、バルビツール酸系薬と比べて安全域が高くなっています。すなわち、ベンゾジアゼピン系薬や非ベンゾジアゼピン系睡眠薬は正のアロステリック調節薬として働き、GABAによる抑制作用を増幅します。なお、GABAA受容体にはアルコールやエーテル系麻酔薬などが作用する別の部位も存在し、複数の薬理学的調節サイトを持つことが知られています。

ω受容体のサブタイプ

ω受容体( ベンゾジアゼピン結合部位)は薬理学的に少なくとも3種類に分類されます。中枢神経系に存在するものがω1受容体とω2受容体、末梢組織に存在するものがω3受容体です。ω1とω2はいずれもGABAA受容体上のベンゾジアゼピン結合部位ですが、その分布や担う生理機能が異なります。一方、ω3受容体は厳密にはGABAA受容体の構成要素ではなく、トランスロケータープロテイン(TSPO)と呼ばれるミトコンドリア外膜上のタンパク質で、主にステロイド合成調節や免疫応答に関与する別系統の受容体ですのでここでは詳細は割愛します。

  • ω1受容体:主に大脳皮質、小脳、海馬などに高密度に存在します。ω1受容体の刺激は鎮静・催眠作用をもたらし、睡眠誘発、健忘(前向性健忘)に関与します。また、ω1刺激は抗けいれん作用にも寄与します。
  • ω2受容体: 線条体や脊髄、辺縁系(扁桃体など)に分布します。ω2受容体の役割は多彩で、抗不安作用、筋弛緩作用、および抗けいれん作用や健忘作用などに関与します。総じて、ω2受容体は抗不安、筋弛緩作用を担う一方、鎮静催眠作用は弱いです。
ベンゾジアゼピン系睡眠薬の作用機序

ベンゾジアゼピン系睡眠薬は、1960年代以降広く使われてきた睡眠薬の代表格です。ベンゾジアゼピン系睡眠薬はGABAA受容体のω受容体に結合することで、その機能を増強します。ベンゾジアゼピン系睡眠薬は基本的にω1/ω2受容体の両方に親和性を示す非選択的アゴニストであり、GABAがGABAA受容体に結合した際のCl-流入を促進します(Cl-チャネル開口頻度の上昇)。ベンゾジアゼピン系睡眠薬は単独ではGABAA受容体を活性化できないものの、低用量から高用量までGABAの作用を増幅し続け、最終的にベンゾジアゼピン結合部位が飽和するとそれ以上の作用は頭打ちになります。このメカニズムにより、中枢神経の過剰な抑制(呼吸抑制など)に一定の上限があるため、安全域が比較的高い薬物となっています。大部分のベンゾジアゼピン系睡眠薬はω1とω2の両方を活性化するため、催眠・鎮静、抗不安、抗けいれん、筋弛緩のすべての作用を併せ持ちます。

ベンゾジアゼピン系薬による過度の鎮静や呼吸抑制が問題となる場合、競合的拮抗薬のフルマゼニル(アネキセート)が用いられます。フルマゼニル(アネキセート)はω1/ω2受容体に結合してベンゾジアゼピン系薬の作用を迅速に遮断し、鎮静の解除や過量服薬時の解毒に有効です。フルマゼニルの存在も、BZ系薬の作用部位がω受容体であることの証左となっています。

非ベンゾジアゼピン系睡眠薬の作用機序

非ベンゾジアゼピン系睡眠薬にはゾルピデム(マイスリー)、ゾピクロン(アモバン)、エスゾピクロン(ルネスタ)が含まれ、化学構造としてベンゾジアゼピン骨格を持たないもののベンゾジアゼピン結合部位に選択的に作用する薬剤です。非ベンゾジアゼピン系睡眠薬はω1受容体選択性が高いため鎮静・催眠効果を選択的に発現し、抗不安作用や筋弛緩作用はごく弱いかほぼ認められません。この特性からベンゾジアゼピン系睡眠薬と比べて、高齢者における転倒リスクや閉塞性睡眠時無呼吸症候群(OSAS)への悪影響が少ないという利点があります。

非ベンゾジアゼピン系睡眠薬は従来のベンゾジアゼピン系睡眠薬とは睡眠構造への作用が異なる点も指摘されています。ベンゾジアゼピン系睡眠薬の多くはノンレム睡眠ステージ2を増やし、深い徐波睡眠を減少させ、REM睡眠を抑制します。その結果、中止時にREM反跳(悪夢を伴う不快な夢の増加)を生じることがあります。一方、ゾルピデム(マイスリー)は徐波睡眠を増加させ、REM睡眠を抑制しないことが報告されています。このため睡眠の質に関してはベンゾジアゼピン系睡眠薬より生理的に近いパターンを示し、反跳性の悪夢や不眠が起きにくいとされています。ただし、非ベンゾジアゼピン系睡眠薬も作用機序自体はベンゾジアゼピン系睡眠薬と同様にGABAA受容体のω受容体に作用するため、乱用や長期連用すれば耐性や依存の問題が生じ得ます。

耐性・依存性との関係
耐性の形成

ベンゾジアゼピン系薬や非ベンゾジアゼピン系睡眠薬を含むGABAA受容体作動薬は、繰り返し使用すると体制(効果の減弱)が生じる場合があります。興味深いことに、各薬理作用で耐性の生じやすさが異なります。鎮静・催眠作用や抗けいれん作用に対しては比較的速やかに耐性が発現しやすい一方、抗不安作用や健忘作用に対しては耐性が生じにくい可能性が報告されています。

依存性・離脱症状

ベンゾジアゼピン系薬や非ベンゾジアゼピン系睡眠薬を長期間連用すると、身体依存が形成され、中止時に離脱症状が現れることがあります。典型的な離脱症状には、不安・焦燥の増大、不眠の再発、振戦、発汗、重症例ではけいれん発作やせん妄が含まれます。反跳性不眠や反跳性不安と言って、中止後に服用前よりひどい不眠症状や不安症状が出ることがあります。これらはアルコール離脱症状と類似しており、両者がともにGABAA受容体機能の低下による過興奮状態から生じる点で共通しています。

耐性・依存性対策

耐性や依存を避けるため、ベンゾジアゼピン系薬、非ベンゾジアゼピン系睡眠薬はできるだけ短期間・必要最低限の用量で用いることが推奨されます。また、作用時間の短い薬は離脱症状が出やすいため、減薬が困難な場合は必要に応じて半減期の長い薬に置換してから減量する方法がとられます。

概日リズム睡眠障害の治療

概日リズム睡眠障害の概要
概日リズムの基本メカニズム(視交叉上核の役割)

ヒトの体内には、約24時間周期で生理機能や行動リズムを刻む体内時計(概日リズム)があります。この体内時計の中枢は脳の視床下部にある視交叉上核(SCN)で、全身の時計遺伝子のリズムを統合・調整する「マスタークロック」として働きます。視交叉上核は網膜からの光信号によって昼夜を感知し、メラトニン分泌などを介して他の臓器の時計を同調させています。通常、この仕組みにより外界の明暗周期(地球の自転による日夜)に体内リズムを同調させることで、規則正しい睡眠・覚醒サイクルが保たれます。しかし体内時計のリズムが外界の24時間周期に合わなくなる(同調障害)と、適切な時間に眠ったり、起きたりすることが困難となり、社会生活に支障を来します。これが「概日リズム睡眠障害」です。

主な概日リズム睡眠障害の種類

現在、国際的な診断分類(ICSD-3やDSM-5)では、概日リズム睡眠障害はいくつかのタイプに細分類されています。主な障害とその特徴は次のとおりです。

  • 睡眠・覚醒相後退障害(Delayed Sleep-Wake Phase Disorder:DSWPD)

極端な夜型が持続する障害です。就寝時刻が通常より2時間以上遅れ(しばしば深夜2~3時以降)、自力ではその時刻まで入眠できません。平日など早起きが必要な日は入眠困難と睡眠不足で朝起きられず、日中に強い眠気が出ます。一方、休日に望むだけ寝ると睡眠時間自体は正常で、起床は正午過ぎになります。思春期~若年成人に多く、長期休暇の夜更かしや徹夜、深夜のアルバイトなどを契機に発症することが多いとされています。

  • 睡眠・覚醒相前進障害(Advanced Sleep-Wake Phase Disorder:ASWPD)

極端な朝型の障害です。夕方早い時間帯から強い眠気が出てしまい夜間早く就寝、結果として未明~早朝に目覚めてしまうのが特徴です。例えば夜8時に就寝し、深夜2時頃に目覚めて以降眠れなくなります。高齢者に多く、加齢による体内時計機能の変化も関与すると考えられます。

  • 非24時間睡眠覚醒障害(Non-24-Hour Sleep-Wake Disorder:N24SWD)

本来、体内時計は24時間より少し長く設定されており、起床時の太陽光がこのずれを日々調整しています。何らかの原因でこの同調機能に支障をきたしていることで、本来の24時間より少し長く設定された体内時計に従った睡眠覚醒リズムを呈するのがこの障害です。例えば「翌日には前日より30分~1時間遅い時間に眠くなる」パターンが連日繰り返され、睡眠相が周期的に昼夜逆転まで移行します。全盲の人に多く見られ(視覚情報が無いため体内時計が光でリセットされない)、視覚障害者の約40%が罹患すると報告されています。視力がある人では睡眠・覚醒相後退障害(DSWPD)が悪化して非24時間睡眠覚醒障害(N24SWD)化するケースが知られています。

  • 不規則睡眠・覚醒リズム障害(Irregular Sleep-Wake Rhythm Disorder:ISWRD)

睡眠と覚醒がさまざまな時間帯に不規則に出現する障害です。一度にまとめて眠れず、昼夜を問わず細切れの睡眠と覚醒を繰り返します。主にアルツハイマー病やパーキンソン病など神経変性疾患の高齢者や、発達障害を持つ小児に多く見られます。

  • 交代勤務睡眠障害(Shift Work Sleep Disorder)

夜勤や深夜業務など通常眠るべき時間帯に活動を強いられる勤務形態によって生じる睡眠障害です。交代勤務のために睡眠時間帯が頻繁に変更させられるため、生体リズムが交代勤務に伴う睡眠・覚醒スケジュールに同調できずに生じる障害です。入眠困難や中途覚醒、熟睡感の欠如がみられます。勤務中の眠気や仕事の能率低下も呈します。

  • 時差症候群(Jet Lag Disorder)

いわゆる時差ぼけのことです。4~5時間以上時差のある地域へ急速に移動することにより、体内時計と移動先の明暗周期が合わなくなり生じるものです。通常数日~1週間で徐々に適応できます。ヒトの生体リズムは遅らせる方が同調しやすいため、遅寝遅起きとなる西向きへの移動では症状が軽く、早寝早起きとなる東向きの移動では症状が強く出現します。

松果体とメラトニン
メラトニンの生合成

メラトニンは、脳内の松果体で生合成されるホルモンです。原料は必須アミノ酸のトリプトファンで、神経伝達物質のセロトニンを経てメラトニンが生産されます。この合成は明暗リズムに厳密に支配され、光刺激により網膜→視交叉上核(SCN)→上頸神経節→松果体という神経経路を介して昼間は抑制され、夜間に活性化します。生成されたメラトニンは貯蔵されず直ちに血中および脳脊髄液中へ分泌されます。ヒトでは血中メラトニンの半減期は約40分と短く、主に肝臓で代謝された後、尿中に排泄されます。

メラトニンの生理的役割

メラトニンは「暗闇のシグナル」とも呼ばれ、体内時計が夜であることを全身に伝える内因性リズム調節ホルモンです。夜間に高まり昼間には低いという特徴的な分泌リズムをもち、視交叉上核を介して概日リズム(サーカディアンリズム)の調整に重要な役割を果たします。具体的には、メラトニン分泌は睡眠準備状態を促し、体温低下や血圧低下、副交感神経優位への変化など夜間の生理変化を引き起こします。さらにメラトニンには抗酸化作用があり、細胞内で発生する有害な活性酸素種(フリーラジカル)を直接捕捉・中和して、脂質やタンパク質、DNAの酸化的損傷から細胞を守る働きがあります。その抗酸化力はグルタチオンよりも強力で、特にミトコンドリア内に高濃度に存在して酸化ストレスを軽減することが報告されています。こうした細胞保護・神経保護作用もメラトニンの重要な役割です。メラトニンはこの他にも免疫調整、抗腫瘍作用の可能性など多面的な作用を持つことが知られており、今なお研究が続けられています。

メラトニン受容体(MT1、MT2)

メラトニンの作用は主に細胞膜上のメラトニン受容体を介して発揮されます。ヒトではMT1受容体とMT2受容体が存在します。MT1およびMT2受容体は中枢神経系では視交叉上核(SCN)、視網膜、下垂体前葉などに高密度に存在し、その他にも海馬や視床、延髄、大脳皮質など脳各所に認められます。末梢では心血管系(心臓、血管)、免疫系(脾臓、リンパ節)、内分泌器官(甲状腺、卵巣、精巣、副腎皮質、膵臓など)、皮膚、肝臓など広範な組織で発現が報告されています。

MT1受容体は睡眠の誘発と覚醒の抑制に主要な役割を担うと考えられています。視交叉上核(SCN)に豊富なMT1受容体が夜間に刺激されると、視交叉上核(SCN)の神経活動が低下して覚醒維持信号が弱まり、これが睡眠中枢を優位に導いて睡眠を促進するとされています。実際、メラトニンやメラトニン作動薬投与によって視交叉上核(SCN)のニューロンの発火頻度が低下することが動物で確認されており、MT1受容体欠損マウスではメラトニンによる睡眠誘発効果が減弱します。

MT2受容体は概日リズムの調節に中心的な役割を果たすと考えられています。視交叉上核(SCN)の時計ニューロンが生成する概日リズムの位相調整にメラトニンが関与しており、MT2受容体を欠損したマウスではメラトニンによる行動リズムの位相調整効果が消失することが示唆されています。MT2受容体は網膜にも存在し、網膜の光感受性リズムを調節する役割や、視覚機能の調整に関与します。このようにMT2受容体はMT1と重複する部位にも発現しますが、より概日リズムや視覚的な調節機能に特化した役割を持つと考えられます。

概日リズム睡眠障害の治療薬
ラメルテオン(ロゼレム)

ラメルテオン(ロゼレム)はメラトニンを模した構造の合成誘導体で、メラトニンと比してMT1受容体への親和性は約6倍、MT2受容体への親和性は約4倍と報告されています。またラメルテオンの血中半減期は1~2時間とメラトニンより長く、その主要代謝物(M-II)は更に緩徐に消失するため、薬理学的には約5時間程度にわたり作用が持続するとされています。このように作動薬は受容体への結合力が強く作用時間が延長されており、メラトニンの持つ睡眠導入作用を安定的に引き出すことが可能です。ラメルテオン(ロゼレム)は就寝前に内服することで、夜間の内因性メラトニン作用を補完・増強し、生理的な睡眠導入を促します。メラトニン経路を介するため、覚醒中枢を直接抑制するわけではなく、概日リズムの調整と睡眠中枢の賦活化を通じて入眠しやすい状態を作り出します。この特徴により、ラメルテオンは概日リズム睡眠障害に伴う不眠症に有用と考えられます。

メラトニン徐放剤(メラトベル)

メラトニン徐放剤(メラトベル)はメラトニンそのものを有効成分とした徐放性製剤です。内因性メラトニンは生体内での半減期が30~50分程度と短く、医薬品としての持続効果は限定的であるため、徐放製剤化し、薬理学的効果を高めたものになります。本剤の適応は「小児期の神経発達症に伴う入眠困難の改善」であり、具体的には自閉スペクトラム症(ASD)や注意欠如・多動症(ADHD)などの神経発達障害児における入眠困難を対象とします。

高照度光療法

高照度光療法は、人工的に強い光を浴びることで体内時計の位相を修正する治療法です。ヒトの体内時計は光刺激によって大きくリセットされるため、適切なタイミングで強光を浴びることで睡眠相を前後にシフトできます。具体的には、例えば睡眠・覚醒相後退障害(DSWPD)には早朝に明るい光を浴びせることで時計を前進(早め)させ、逆に睡眠・覚醒相前進障害(ASWPD)には夕方~夜間に光を当てて時計を後退(遅らせ)させます。専用の高照度光療法装置(2,500~10,000ルクス程度の蛍光灯やLED光源)を用いることが多いです。

不眠症の治療-非薬物療法

睡眠衛生指導

不眠症治療の第一歩は、生活習慣や環境を整える睡眠衛生指導です。具体的には、「毎日できるだけ一定の時刻に就寝・起床する」「就寝前のカフェインや喫煙、アルコールを控える」「寝る前の1時間はスマホやパソコンを見ない」「寝室の温度や明るさ、騒音を調整して眠りやすい環境を作る」といったアドバイスが行われます。また、日中に適度な運動を行い体温リズムを整えることや、朝起きたら日光を浴びて体内時計をリセットすることも推奨されます。「ベッドは眠る時以外(勉強や仕事)は使わない」「眠れない時は一度起きてリラックスしてから再度寝床に入る」といった習慣づけも役立ちます。睡眠衛生の改善は即効性はないものの、不眠症の基盤にある生活リズムの乱れを正すため長期的に重要です。日本の専門家コンセンサスでは、睡眠衛生指導はあらゆる不眠症患者に推奨される第一線の介入と位置づけられています。

不眠症に対する認知行動療法(Cognitive Behavioral Therapy for Insomnia:CBT-I)

不眠症に対する認知行動療法(CBT-I)は、科学的エビデンスに裏付けられた非薬物療法です。不眠症の患者は「眠れないこと」へのとらわれや誤った思い込み(例えば「8時間寝ないと翌日は何もできない」等)を持ちやすく、これらが不安や焦りを生み不眠を悪化させます。不眠症に対する認知行動療法(CBT-I)では専門の心理士や医師のもと、睡眠に対する認知(考え方)の歪みを是正し、行動パターンを調整することで睡眠を改善します。具体的には、睡眠日誌をつけて自身の睡眠パターンを客観視し、前述の睡眠衛生の実践や刺激制御療法(眠れない時は寝室から出る等)、睡眠制限療法(ベッドにいる時間を制限し睡眠効率を上げる)など複数の技法を組み合わせます。CBT-Iは即効性では睡眠薬に劣るものの、効果が持続し再発率を下げる点で優れています。研究によれば、不眠患者の70^80%でCBT-Iにより症状の改善がみられ、その効果は長期的にも持続することが示されています。

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