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双極性感情障害(双極性障害)

1. はじめに

双極性感情障害(双極性障害、いわゆる躁うつ病)は、極端な気分の浮き沈み(躁状態と抑うつ状態)を特徴とする気分障害です​。躁状態では高揚した気分や易刺激性、活動性の亢進がみられ、一方、抑うつ状態では著しい落ち込みや興味・喜びの消失が生じ、これらの気分エピソードが交代して現れます。これらの症状は日常生活に重大な支障をきたし、社会機能を著しく損なうことがあります​。双極性障害の患者は自殺リスクが特に高く、一般人口の20~30倍に達するとの報告もあります。各エピソードを重ねるごとに社会的機能の悪化が進行しうるため、早期診断と適切な継続治療によって再発を予防し寛解を維持することが重要です​。早期からの包括的な対応により、患者の長期予後や生活の質(QOL)の向上が期待できます。

2. 疫学

世界保健機関のWorld Mental Health調査によれば、双極I型障害の生涯有病率は約0.6%、双極II型障害は約0.4%と報告されており、これらを合わせた双極スペクトラム全体では約2.4%に達します​。12か月有病率(年間有病率)は双極I型0.4%、双極II型0.3%程度と推定されています​。発症年齢は青年期後半から20代前半がピークで、平均発症年齢は双極I型で約18歳、双極II型で20歳とされています。男女比に大きな偏りはなく、男性・女性でほぼ同等の有病率です。双極性感情障害には遺伝的要因が強く関与しており、家族歴のある人は一般人口より発症リスクが高まります。双極I型患者の一親等親族は一般人の約10倍の発症リスクを持つとの報告があり​、双極性感情障害の遺伝率(疾患リスクに対する遺伝要因の寄与割合)は60~85%にも達すると推定されています。一卵性双生児研究でも高い一致率が示され、遺伝素因の重要性が裏付けられています。地域差も認められ、日本では双極性障害の有病率は欧米より低い傾向があります。例えば世界精神保健調査の日本データでは、生涯有病率がおよそ0.2%、12か月有病率0.1%と報告されており​、西欧諸国で報告される1~2%より低値です。この背景には診断の未浸透や受療行動の差、文化的要因などが指摘されていますが​、近年は認識の向上に伴い有病率も増加傾向にあります。以上のように双極性感情障害は若年で発症しやすく、自殺や社会的機能低下といった深刻な転帰をとりうる疾患であり、その疫学的知見は早期介入や予防戦略の重要性を示唆しています。

3. 症状・診断

双極性障害の診断は、国際的にはICD-11(国際疾病分類第11版)とDSM-5(米国精神医学会の診断基準)の2つの主要な診断基準に基づいて行われます。それぞれで細かな定義に差異はありますが、躁病エピソードと抑うつエピソードの存在を中核に診断が下されます。

ICD-11 における診断基準

ICD-11では、双極Ⅰ型と双極Ⅱ型に明確に細分類されました​。ICD-11ではまず気分エピソード(躁病、軽躁病、抑うつ、および混合エピソード)の記述が与えられ、実際の診断はそれらエピソードの組み合わせ(経過パターン)によって双極Ⅰ型・Ⅱ型などの障害単位に分類されます。

  • 双極Ⅰ型障害: 少なくとも1回の躁病エピソードがあれば診断されます(過去に抑うつエピソードがなくとも躁病エピソードのみで双極Ⅰ型障害と診断可能です)。これは、一度躁状態を経験した患者は今後再発を高率に起こしうることが知られているためです。なお、混合エピソード(躁症状と抑うつ症状が混在した状態)も経験していれば双極Ⅰ型障害の診断となります。ICD-11では混合エピソードは独立したコードを持ち、躁病エピソードと同様に扱われます。混合エピソードや躁病エピソードが確認された場合、それだけで双極Ⅰ型障害と診断され、双極Ⅱ型障害のカテゴリーには含まれません​。
  • 双極II型障害:軽躁病エピソードと抑うつエピソードの既往を両方とも満たす場合に診断されます​。すなわち、明らかな躁病エピソード(重度の躁状態)の既往はなく、代わりに軽躁状態がみられることが条件です。軽躁病エピソードについては後述のDSM-5の定義とほぼ同様で、気分の高揚または易怒的な気分と活動・エネルギーの増加が少なくとも数日間持続しますが、その程度は躁病より軽く入院を要するほどではなく、著しい社会的機能障害や精神病症状を伴わないものとされています。一方、抑うつエピソードは後述のDSM-5の大うつ病エピソードの定義に準じます。ICD-11で双極Ⅱ型障害が公式に導入されたのは、双極Ⅰ型障害とは異なる経過や遺伝的背景、自殺リスクの高さなど独自の臨床像があるためです。かつては双極Ⅱ型障害は双極Ⅰ型障害よりも軽症型と考えられましたが、実際には反復性かつ難治性の抑うつ症状を主体とし、自殺企図も多いことから、双極Ⅰ型障害に劣らず深刻な障害であると認識されています​。

DSM-5 における診断基準

DSM-5では双極性感情障害は、双極症Ⅰ型と双極症Ⅱ型に区分されています。診断には躁エピソード、軽躁エピソード、抑うつエピソードの3種のエピソード基準が用いられます​。双極症Ⅰ型の診断には現在または過去に少なくとも1回の躁病エピソードが必須であり、双極症Ⅱ型では少なくとも1回の軽躁病エピソードと1回の抑うつエピソードを経験していることが必要です​(躁病エピソードを一度でも経験すれば双極I型とみなされ、双極II型の診断はつきません)。

双極症Ⅰ型の診断基準
躁エピソード

双極症Ⅰ型では躁エピソードの存在が必須です。躁エピソードはA~Dをすべて満たすことが必要です。また躁エピソードに後述の軽躁エピソードや抑うつエピソードが前後することがあります。双極症Ⅰ型の診断には抑うつエピソードの存在は必須ではありませんが、臨床的には、双極症Ⅰ型では多くの場合、生涯に抑うつエピソードも経験します。​

A. 躁エピソードとは、気分が異常に高揚し開放的、または易怒的となり、活動性やエネルギーの増加が顕著な期間が少なくとも1週間以上持続する状態を指します(入院治療が必要な場合は期間を問わない)。この気分の異常はほぼ毎日、一日の大半にわたって続き、通常の気分から明らかに逸脱しています。

B. 上記の期間中、以下に挙げる典型的な躁症状が少なくとも3つ以上(気分変動が易怒性のみの場合は4つ以上)認められ、普段の状態から明確に変化している必要があります​。

  • 自尊心の肥大、誇大(自己評価が異常に高くなる)
  • 睡眠欲求の減少(極端に睡眠時間が短くても元気でいられる)
  • 普段より多弁である、もしくは話し続けようとする切迫感
  • 観念奔逸(考えが次々と飛躍し止まらない、新しいアイディアがどんどん浮かぶ感覚)​
  • 注意転導性(注意が些細なことでも容易にそれてしまう)​
  • 目標志向性活動の増加(社会的、職場、学業、性的活動の過度な活発化)あるいは精神運動興奮(無意味な非目標指向性の活動)​
  • 快楽的だがリスクの高い行為(困った結果につながる可能性の高い活動)への没頭(例:浪費、性的逸脱行為、無謀な投資など)

C. 気分の変動が社会的・職業的機能を著しく障害するほど重度であるか、あるいは本人や他者を傷つける恐れがあるため入院治療が必要と判断されるレベルである、あるいは精神病症状(幻覚、妄想など)を伴う。​

C. 物質(乱用薬物、医薬品)や身体疾患によるものではない。

双極症Ⅱ型の診断基準

双極症Ⅱ型では軽躁病エピソードと抑うつエピソードの両方が必要です。一方で躁エピソードは一度も経験していないことが条件であり、過去に躁エピソードがあれば双極症Ⅰ型へ分類されます。躁エピソードは社会生活を破綻させるほど深刻になり得ますが、軽躁エピソードはそれに比べ症状が軽いため、周囲から見逃されてしまうことがあります。実際、双極症Ⅱ型の患者さんは抑うつエピソードで受診することが多く、軽躁エピソードのときは調子が良いため医療に繋がらない傾向があります​。そのため双極症Ⅱ型ではまずうつ病と診断され、その後になって過去の軽躁病エピソードが判明し診断が付くケースも少なくありません。

軽躁エピソード

軽躁エピソードの診断には次のA~Fをすべて満たすことが必要です。Eの基準が躁エピソードとの大きな違いで、社会生活への支障の程度が軽度である点が「軽」躁エピソードたるゆえんです。

A. 気分が持続的に高揚し、開放的または易怒的となり、活動や活力が亢進します。この期間が少なくとも4日間続くことが必要です​。

B. 上記の期間中、以下に挙げる症状が少なくとも3つ以上(気分変動が易怒性のみの場合は4つ以上)認められ、普段の状態から明確に変化している必要があります​。

  • 自尊心の肥大、誇大(自己評価が異常に高くなる)
  • 睡眠欲求の減少(極端に睡眠時間が短くても元気でいられる)
  • 普段より多弁である、もしくは話し続けようとする切迫感
  • 観念奔逸(考えが次々と飛躍し止まらない、新しいアイディアがどんどん浮かぶ感覚)​
  • 注意転導性(注意が些細なことでも容易にそれてしまう)​
  • 目標志向性活動の増加(社会的、職場、学業、性的活動の過度な活発化)あるいは精神運動興奮
  • 快楽的だがリスクの高い行為(困った結果につながる可能性の高い活動)への没頭(例:浪費、性的逸脱行為、無謀な投資など)

C. 軽躁エピソードでは、その人の平常時の人格や行動様式と比べて明確に変化がみられる。

C. この変化は他者から客観的に観察可能である。

C. 軽躁エピソード自体は社会的・職業的機能を著しく障害するほどではなく、入院の必要もない程度である。

C. 物質(乱用薬物、医薬品)や身体疾患によるものではない。

抑うつエピソード

抑うつエピソードの診断には、下記9つの症状項目のうち5つ以上が少なくとも2週間継続する必要があり、そのうち最低1項目は抑うつ気分または興味・喜びの著しい減退のいずれかでなければなりません。​

  • 抑うつ気分:ほとんど一日中、ほとんど毎日、憂うつな気分または空虚な気持ちを感じる(小児・青年期では易怒的な気分も含む)
  • 興味・喜びの著しい減退:ほとんど全ての活動への興味や楽しみが大幅に減退し、ほぼ毎日それが続く​
  • 体重・食欲の変化:食事療法をしていないのに著しい体重減少や体重増加が起こる、またはほぼ毎日の食欲減退・食欲亢進がみられる(小児では期待される体重増加が見られないことも考慮する)
  • 睡眠障害:ほとんど毎日続く不眠(入眠困難、中途覚醒、早朝覚醒など)や過眠
  • ほとんど毎日にわたり、他者からみて明らかな程度の精神運動性の焦燥(そわそわと落ち着かない)や精神運動性の制止(動作や思考の著しい低下)が認められる
  • 疲労感または気力の低下:ほぼ毎日疲れやすさを感じる、疲れが取れないまたはエネルギーが著しく減退している​
  • 無価値観または過剰な罪責感:ほとんど毎日、自分には価値がないと感じる、または不適切なほどの罪の意識に苛まれる。単なる自責の念ではなく妄想的な内容に及ぶこともある​
  • 思考力や集中力の低下:ほとんど毎日、考えがまとまらない、注意集中が困難になる、決断が難しくなるなど。
  • 死や自殺に関する反復思考:死について繰り返し考える、具体的な計画の有無にかかわらず反復する自殺念慮を抱く、または自殺企図や明確な自殺計画がある

これらの症状によって明らかな苦痛が引き起こされ、社会生活などに重大な支障を来たしていることが必要です​。また、症状が物質(薬物やアルコールなど)や他の身体疾患による生理的作用では説明できないことも求められます​。

急速交代型(rapid cycling)

DSM-5では、12か月間に4回以上の気分エピソード(躁、軽躁、抑うつ、あるいは混合エピソード)が生じた場合に「急速交代型(rapid cycling)」の指標を付けることができます。エピソード同士は寛解期間(通常は2か月以上の症状消失)や反対の極性へのスイッチによって区切られている必要があります。ICD-11でも定義はほぼ同様で、過去12か月に少なくとも4回の気分エピソードが出現した場合に「急速交代型の経過」を示す特定要素としています​。ICD-11の特徴として、急速交代型では通常より短いエピソードが含まれることも認められており(例えば抑うつエピソードが数日間のみ等)、しかし日単位あるいは日内で極性が交替する場合は急速交代ではなく混合エピソードと診断すべきだとされています​。したがって、DSM-5/ICD-11ともに「1年に4回以上のエピソード」という頻度が急速交代型(rapid cycling)の目安ですが、ICD-11はエピソード持続期間についてDSM-5より融通を持たせています​。​急速交代型(rapid cycling)は双極性感情障害患者の約10~20%で認められると報告されています。性差については、女性にやや多い傾向が知られます。例えばメタ分析によれば急速交代型患者の約72%が女性で、男性の28%を大きく上回っていました。ただし研究によって女性に多い程度は一貫せず、中等度の差異との指摘もあります​。また、急速交代型は双極I型より双極II型で多いことが報告されており、年齢層では若年発症の人に多い可能性が示唆されています​。急速交代型の経過を辿った群はそうでない群と比べて発症年齢が有意に若かったとの報告があります​。また甲状腺機能低下との関連が指摘されています。特に軽度の甲状腺機能低下(潜在性甲状腺機能低下症)は急速交代型のリスク因子となりうるとの研究があります​。双極性障害の経過中に甲状腺ホルモンが不足すると急速交代を誘発しうるという仮説もあり、リチウム治療中でなくても急速交代患者では甲状腺機能異常の頻度が高いことが報告されています​。

混合状態(mixed state)

混合状態(mixed state)は躁症状と抑うつ症状が同時期に存在する病態です。しかしDSM-5とICD-11で取り扱いが異なります。DSM-5では「混合エピソード」という独立診断カテゴリーを廃し、代わりに各エピソードに付加できる「混合の特徴を伴う(with mixed features)」という特定用語を設けました​。具体的には、躁病または軽躁病エピソードの最中に3つ以上の抑うつ症状が併存する場合、あるいは抑うつエピソードの最中に3つ以上の躁症状(軽躁症状)が併存する場合に「混合の特徴」を付けることができます。
一方、ICD-11では「混合エピソード(mixed episode)」が引き続き設けられており、双極性感情障害の構成要素の一つとして扱われます​。ICD-11の混合エピソードは躁的な症状と抑うつ症状が複数ずつ顕著にみられ、これらが同時に、あるいは極めて短い間隔で交代しながら出現する状態と定義されます​。症状には躁病エピソードおよび抑うつエピソードで見られる典型的なもの(例えば気分高揚または易刺激性、思考奔逸、活動亢進と抑うつ気分、興味の消失、疲労感など)が混在し、ほぼ毎日一日中それが少なくとも2週間持続することが診断要件です​。ただし治療介入によって2週間未満で中断された場合も診断を考慮します​。ICD-11では同一期間に躁病的な気分変動と抑うつ的な気分変動の双方がみられればそれを混合エピソードとみなし、この診断がついた時点で自動的に双極Ⅰ型障害に分類されます​。
混合状態では、躁症状(気分の高揚、易刺激性、活動エネルギー増大、思考の飛躍、誇大な自信、睡眠欲求の低下など)と抑うつ症状(抑うつ気分、興味や快感の喪失、罪責感、精神運動抑制または焦燥、疲労感、死についての反復思考など)が同時期に現れます​。例えば、患者は落ち込みや絶望感を感じながらも、内心は焦燥感に駆られてそわそわと動き回り、思考は飛躍的で止まらないといった相反する症状の組み合わせを示すことがあります。このように抑うつ気分とエネルギー過剰状態が混在するため、非常に不安定で苦痛の強い状態になります。典型的な混合エピソード像としては、焦燥と易怒性を伴う抑うつや、不機嫌で陰鬱な躁状態が知られます。この状態では自殺リスクが特に高まることが臨床的に重要です​。実際、ある研究では躁病エピソード中に抑うつ症状を伴う群は、そうでない純粋な躁病エピソードの群に比べ不安・易刺激性の重症度が高く、自殺企図の既往率もはるかに高かった(38% vs 9%)と報告されています。混合状態では内的な苦痛の強さから衝動的行動や自傷行為に至るリスクが高いため、症状の両極性を的確に把握することが重要です。

4. 治療法

双極性障害の治療は、薬物療法を基盤としつつ、再発予防には心理社会的治療を組み合わせる包括的アプローチが推奨されます​。各エピソードの急性期治療(躁症状の鎮静・うつ症状の改善)と、寛解維持・再発予防を目的とした維持療法の双方が重要です。また患者の生活習慣の調整や家族・社会からのサポートも、長期安定化に寄与します。

4-1. 薬物療法

双極性障害の薬物療法の中心は気分安定薬および非定型抗精神病薬で、エピソードの種類(躁かうつか)と病期(急性期か維持期か)に応じて使い分けや併用が行われます。

炭酸リチウム(リーマス)

炭酸リチウム(リーマス)は 双極性感情障害の急性エピソードおよび維持療法に対するエビデンスが最も確立された薬剤です。リチウムは躁病エピソードと抑うつエピソードのいずれに対しても有効であり、長期投与によって躁病とうつ病の双方の再発予防効果が認められています​。さらに、自殺リスクの高い双極性障害患者において自殺予防効果を持つことも大規模研究やメタ解析で示されています。炭酸リチウム(リーマス)は治療域と中毒域の差が小さいため血中濃度モニタリングが欠かせません。また長期使用による腎機能低下や甲状腺機能低下などの副作用にも注意が必要です。胎盤通過性があり、過去の報告ではリチウム曝露児に心奇形(エプスタイン奇形)の頻度増加が示唆されました。ただ近年の大規模データではそのリスクは低く、背景リスク(0.05%)が0.1–0.2%程度に上昇するに留まるとの報告もあります​。とはいえ妊娠初期(特に4~10週)のリチウム使用は可能な限り避けるのが一般的です​。妊娠計画中の患者には、できれば妊娠前に他剤へ切り替えを検討します。

バルプロ酸(デパケン)

バルプロ酸は急性の躁状態や混合状態に対して有効性が確立されています。プラセボ対照RCTや比較試験で、バルプロ酸は炭酸リチウム(リーマス)や抗精神病薬と同程度に急性躁病エピソードの寛解率を高めることが示されています​。バルプロ酸は急性躁病エピソードおよび混合状態の第一選択薬の一つです。一方で急性うつ病相に対する有効性は炭酸リチウム(リーマス)ほど明確ではなく、効果は限定的で、双極性の抑うつ相そのものを改善する目的で単独用いることは稀です。維持療法については、躁鬱両面の再発予防に有効とする報告もあるものの、エビデンスの一貫性はやや劣ります。例えば長期予防効果の研究ではリチウムほど明確な再発抑制は示せなかったものもあります。それでもリチウム不耐容や急速交代型など一部状況でリチウムに代わる気分安定薬として推奨される場合があります。なお、バルプロ酸は妊娠可能な女性では催奇形性の高さ(特に胎児の神経管閉鎖障害リスク増加)が重大な問題となるため、原則禁忌または極力避けるべきとされています​。

ラモトリギン(ラミクタール)

ラモトリギン(ラミクタール)は双極性感情障害のうつ病相の治療および再発予防に関して豊富なエビデンスがあります。特に維持療法においてうつ病エピソードの再発予防効果が顕著で、プラセボ対照試験のメタ解析でも有意にうつ病エピソード再発率を低下させました​。一方、躁病エピソードの予防効果は認められず、ラモトリギン単剤では躁状態の制御は困難と考えられます。ラモトリギン使用時に注意すべき副作用として、薬疹があります。スティーブンス・ジョンソン症候群(SJS)、中毒性表皮壊死症(TEN)のように重症化することがラモトリギン服用患者のおよそ0.1–0.01%未満に起こりえます。したがって投与初期は極めて少量から漸増していくことが必要です。

カルバマゼピン(テグレトール)

カルバマゼピン(テグレトール)は1970年代以降、いくつかの試験で躁状態に対する有効性が示され、現在も第二選択以降の気分安定薬として用いられます​。また維持療法でも再発予防効果を示唆するエビデンスがあります​。もっとも近年は副作用プロファイルや相互作用の問題から、カルバマゼピンは他の薬剤に効果不十分な治療抵抗性のケースに限定して用いられる傾向です。ただし急性期躁病に対する有効性自体は確立しており、炭酸リチウム(リーマス)・バルプロ酸(デパケン)が使えない場合の選択肢として挙げられます。カルバマゼピン(テグレトール)も​バルプロ酸(デパケン)ほどではありませんが催奇形性があります。主に神経管欠損(1%前後)や小頭症、指趾の癒合、発達遅滞などの報告があります。従って妊娠が判明したら原則中止し、代替薬に変更します。

抗精神病薬

抗精神病薬は元々、統合失調症の治療薬として開発されましたが、第二世代抗精神病薬(Second Generation Antipsychotics:SGA)や非定型抗精神病薬と言われている抗精神病薬のグループも双極性感情障害の治療に有用といわれています。

急性躁病エピソードに対する有効性

第二世代抗精神病薬(SGA)は急性躁病エピソードに対して強力かつ速効性の治療効果を示します。主要な第二世代抗精神病薬(SGA)(リスペリドン〔リスパダール〕、オランザピン〔ジプレキサ〕、クエチアピン〔セロクエル、ビプレッソ〕、アリピプラゾール〔エビリファイ〕など)はいずれもプラセボに対して有意に症状を改善することが、複数のランダム化比較試験(RCT)およびメタ解析で実証されています​。例えば、Perlisらのメタ解析ではリスペリドン、オランザピン、クエチアピン、アリピプラゾールのすべてが単剤療法でプラセボより有効であり、効果量に有意差はほとんど認められませんでした。効果発現は比較的早く、アセナピン(シクレスト)の試験では投与2日目からプラセボとの差が認められています​。各薬剤の有効率も高く、寛解率ではオランザピンがやや優れる傾向が報告されています​。個別のエビデンスをみると、リスペリドンは単剤・併用療法ともに有効性が確認され、古くから躁病治療に用いられてきました​。パリペリドン(インヴェガ)も3週間のプラセボ対照試験で有効性を示し(YMRSスコア差-5.5, p<0.001)、12週間時点でクエチアピンに非劣性とされています​。オランザピンは古典的研究(Tohenら2000年代)でプラセボおよびハロペリドール(セレネース)と比較して有効性が示され、寛解維持にも優れることが報告されています。クエチアピンも複数のRCTで有効性が証明され、リチウム・バルプロ酸との併用試験(EMBLEMなど)でも良好な結果を示しています。アリピプラゾールは急性躁病に対する大規模RCTで症状改善効果を示し、プラセボに対するNNTが約5と報告されています​。アセナピンはプラセボ対照第III相比較試験でYMRSスコアを有意に低下させ​、欧米で躁病治療薬として承認されました。こうしたエビデンスを踏まえ、最新の国際ガイドラインでは、急性躁病エピソードの第一選択薬としてリチウムやバルプロ酸と並んで複数の第二世代抗精神病薬(SGA)が推奨されています。具体的には、単剤療法ではリチウム、バルプロ酸、クエチアピン、アセナピン、アリピプラゾール、パリペリドン(高用量)、リスペリドンなどが第一選択肢薬と位置付けられています。さらに重度の躁病エピソードでは、これらの第二世代抗精神病薬(SGA)と気分安定薬の併用療法(例:クエチアピン+リチウム/バルプロ酸 など)も第一選択となっています​。一方、オランザピン、カルバマゼピンなどは有効性は高いものの副作用面から第二選択に位置づけられています​。このように抗精神病薬(SGA)は躁病エピソード治療の中心的役割を担っています。

双極性うつ病エピソードに対する有効性

双極性感情障害の抑うつエピソードに対して有効性が実証されている薬剤は限られますが、第二世代抗精神病薬(SGA)の中ではいくつかが重要な選択肢となります。8週間程度のプラセボ対照試験のメタ解析では、双極性うつ病においてクエチアピンとオランザピンがプラセボより有意に高い奏効率・寛解率を示し、NNTは5~6と報告されています​。特にクエチアピンは5本以上のRCTですべて主要評価項目を達成しており、その抗うつ効果の再現性は高いです​。双極Ⅰ型・Ⅱ型障害いずれの抑うつにも有効であり、急速交代型にも効果を示しました​。この一貫したエビデンスにより、各国のガイドラインで双極性うつ病エピソードの第一選択薬の一つに位置付けられています。オランザピン単剤は双極性うつ病エピソードに対する効果が中程度ながら認められており、8週の大規模試験でプラセボとの差が統計的有意に達しています​。しかし、オランザピン単剤の抗うつ効果は限定的で、特に核心的うつ症状(抑うつ気分など)ではプラセボと有意差がなかったとの報告もあります​。ルラシドン(ラツーダ)は双極Ⅰ型うつ病の患者を対象とした6週のプラセボ対照第Ⅲ相試験で有効性が証明され、MADRSスコア改善度はプラセボ群-10.7に対し低用量群-15.4、高用量群-15.4と有意差を示しました(効果量0.5程度)​。臨床的寛解に達した割合や不安症状の改善、生活の質指標の向上もプラセボより有意に良好です。有害事象中止率はプラセボ群と同等で、副作用プロファイルも良好でした​。主要副作用は吐き気、アカシジア、眠気などで、体重・代謝への影響は最小限でした。この結果を含む2本の主要試験の成功により、2013年にFDAがルラシドンを双極性うつ病の適応で承認し、日本でも2019年に承認されました。ルラシドンは単剤療法に加え、リチウムまたはバルプロ酸併用療法でも有効性が示されており、第一選択の一つとして位置づけられています。一方、アリピプラゾールは双極性うつ病エピソードに対するプラセボ対照試験で主要評価項目を満たせず、有効性が示されていません。

維持療法(再発予防)における有効性

双極性感情障害の維持療法(再発予防)においても、第二世代抗精神病薬(SGA)はエビデンスが増えつつあります。従来、リチウムやバルプロ酸が維持療法の中心でしたが、近年は躁病エピソード寛解後に引き続き第二世代抗精神病薬(SGA)を継続することで再発リスクを低減できることが示されています​。Derryらの系統的レビューでも、抗精神病薬投与群はプラセボ群や他の気分安定薬投与群に比べて再発までの時間を延長し、うつ病エピソード・躁病エピソード双方の再発率を有意に低下させたと報告されています​。例えばオランザピンは1年間のプラセボ比較試験で再発率を著明に抑制し、多くの患者で長期寛解を維持しました。アリピプラゾールも維持療法試験(単剤 vs プラセボ)において再発までの期間を有意に延長し、特に躁病エピソード再発予防効果が顕著でした。リスペリドン持効性注射剤(LAI)もプラセボ対照維持試験で有効性を示しています。クエチアピンは単剤維持試験ではプラセボと大差ないとの結果もありますが、リチウムやバルプロ酸との併用で再発を減らすとの報告があります。また、クエチアピン継続はうつ病エピソード再発予防にも有用との解析もあり、長期的な気分変動抑制効果が期待されます。もっとも、維持療法における第二世代抗精神病薬(SGA)使用については、躁状態寛解後まず6か月程度は継続し、その後効果と副作用バランスを見て漸減を検討するよう勧告されています​。これは第二世代抗精神病薬(SGA)長期使用による代謝系副作用リスクと、再発予防効果のトレードオフを考慮したものです。ただし近年のメタ解析では、6か月以降も継続することで再発リスクをさらに低減できる可能性も示唆されており、個別の症例でリスク・ベネフィットを検討する必要があります。ガイドライン上は、オランザピンが再発予防に対し有効性が高いとされるほか、アリピプラゾール(経口および持効性注射剤)も躁病エピソード再発予防効果について高い推奨度を得ています。クエチアピンはうつ病エピソード予防の観点から併用療法で推奨され、リスペリドン持効性注射剤(LAI)も必要に応じて検討されます。維持療法では副作用蓄積に留意しつつ、最適な第二世代抗精神病薬(SGA)を継続または併用する戦略が有効と考えられます。

4-2. 心理療法

薬物療法に加え、心理社会的介入を取り入れることで、双極性感情障害の再発予防や機能回復をより確実にすることができます​。双極性感情障害に有効性が示された心理療法として、認知行動療法(CBT)、対人関係・社会リズム療法(IPSRT)、家族焦点化療法(FFT)、および心理教育などが挙げられます​。これらはそれぞれ異なるアプローチを持ちますが、患者が疾病を理解し、ストレスや生活リズムを管理し、再発の兆候に早期対処するスキルを習得することを目標としています。

  • 認知行動療法(Cognitive Behavioral Therapy:CBT):認知行動療法(CBT)はうつ病治療で確立された療法ですが、双極性障害においても再発予防や抑うつ症状の軽減に有用とされています​。双極性感情障害向け認知行動療法(CBT)では、患者が自身の気分変動パターンや引き金となる考え方・行動を認識し、異常な思考(例えば過度の楽観視や絶望的な認知)を修正する手法を学びます。また、再発の早期警告サイン(睡眠パターンの変化や活動量の増加・低下など)を患者自身が把握し、兆候が出現した際に主治医への相談や薬剤調整など適切な対処を取る計画を立てておくことも重要な要素です。RCT(無作為化比較試験)では、標準治療に認知行動療法(CBT)を加えた群で再発率の低下や症状寛解の時間延長が示されたものもあります​(ただし効果は患者の病相歴により異なり、長期多エピソード例では効果が限定的との報告もあります​)。認知行動療法(CBT)は主に抑うつ相の寛解後や寛解期に行われ、患者が客観的視点で自身の認知や行動パターンを見つめ直すことで、再発に備える心理的スキルを養います。
  • 対人関係・社会リズム療法(Interpersonal and Social Rhythm Therapy:IPSRT):対人関係・社会リズム療法(IPSRT)は双極性感情障害の生活リズム不安定性に着目した心理療法です。双極性感情障害では日常生活のリズム(起床・就寝時刻、食事や活動のタイミング)が不規則になりやすく、これが気分エピソードを誘発・悪化させる一因となります。対人関係・社会リズム療法(IPSRT)では、患者と治療者が協働して患者の日常生活パターンを安定化させる目標を立てます​。具体的には、毎日の睡眠・覚醒時刻や食事時間、社会的活動時間を一定に保つよう支援し、リズムを乱す要因(夜更かしや交代勤務、人間関係の変化など)の影響を最小限に抑える方法を検討します。また対人関係上の問題(喪失や役割の変化によるストレス)についても話し合い、対人スキルの向上や問題解決を図ります。対人関係・社会リズム療法(IPSRT)のRCTでは、急性期治療後の維持療法において再発までの期間を延長し機能アウトカムを改善したとの結果が報告されています。特に社会的リズムが大きく乱れている患者に有用と考えられます。
  • 家族焦点化療法(Family Focused Therapy:FFT):双極性感情障害は患者本人だけでなく家族にも大きな影響を与える疾患であり、家族の協力が治療経過に好影響を及ぼすことが知られています。家族焦点化療法(FFT)は患者とその家族を交え、家族教育とコミュニケーション訓練を行う治療法です​。治療者は家族に対し双極性感情障害の疾患特性や再発予防のポイントを教育し、家族が患者の症状変化に適切に対処できるよう支援します(例えば躁転の兆候に気付いたら受診を促すなど)。同時に、家族の感情表出(Expressed Emotion)のコントロールも重視されます。高すぎる感情表出(批判や過干渉)は再発リスクを高めるため、家族焦点化療法(FFT)では家族間のコミュニケーション方法を調整し、互いのストレスを減らすスキルを学びます​。具体的には、攻撃的・批判的な言い方を避け、共感的な傾聴や適度な距離感を保つ練習、問題解決に向けた話し合いの手順を指導します。家族焦点化療法(FFT)の効果検証では、治療介入群で再発率の低下や再発までの時間延長が示唆されており、特に家族機能が低下しているケースで有効との報告があります​。家族焦点化療法(FFT)を通じて家族全体が双極性感情障害に対処する力を身につけることで、患者の治療継続や再発時の早期対応が円滑になり、ひいては再入院率の低下や社会復帰の促進につながります。
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