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パニック障害

疫学

パニック障害は世界人口のおよそ1~3%が一生のうちに経験するとされる比較的多い不安障害です。大規模国際調査によればDSM基準での生涯有病率は約1.7%(75歳までの累積リスク2.7%)と報告されています。パニック障害は女性に多く、男女比はおよそ1:2で女性が2倍罹患しやすいことが知られています。発症年齢は思春期から成人初期の場合が多いです。リスク因子としては、遺伝的素因が重要で、家族研究や双生児研究からパニック障害の遺伝率は約30~50%と推定されています。第一度親族にパニック障害患者がいる場合、一般人口より発症リスクが数倍高いことが報告されています。このほか、不安になりやすい気質(不安感受性が高いこと)や神経質傾向、幼少期のトラウマ体験なども発症に関与しうると指摘されています。

症状

パニック障害の中心的な症状は繰り返し出現するパニック発作です。パニック発作とは、特定の誘因がない状況下で突然に強烈な恐怖がこみ上げ、典型的には発作開始から数分以内に症状がピークに達するエピソードを指します。発作時には身体的症状として動悸、発汗、震え、息切れや呼吸困難感、胸部の痛みや不快感、めまい感、熱感または悪寒、吐き気や腹部の不快感などが生じます。同時に「このまま死んでしまうのではないか」「気が狂いそうだ」という強い恐怖感や現実感の消失(離人感・現実感喪失)に襲われることもあります。これらの症状が急激に襲ってくるため、患者はしばしば強い危機感を覚え、救急外来を受診することも少なくありません。発作そのものは通常数分から長くても数十分以内に自然とおさまります。パニック発作を繰り返しているうちに「また発作が起こるのではないか」という持続的な不安が出現してきます。これを予期不安と呼びます。予期不安により患者は発作が起きることを恐れて外出や運転、人混みへの参加などを避けるようになり、日常生活に支障を来すことがあります。例えば発作時に「逃げられない」と感じた状況(満員電車や映画館など)を極度に恐れ、そのような場所や状況を避けるようになります。この状態が進むと広場恐怖症と診断されます。広場恐怖症とは、「助けが得られない場所や逃げにくい状況」で強い不安を感じる状態で、典型的には公共交通機関、群衆や公共の場所、密閉された空間、開けた場所などを恐れて回避します。パニック障害患者では予期不安から広場恐怖を併発することが多く、結果的に行動範囲が著しく制限されて社会生活が困難になるケースもあります。DSM-5ではパニック障害と広場恐怖は別個の診断ですが、同時に生じることがしばしばあります。

パニック障害の診断

パニック障害の診断基準は、DSM-5(精神障害の診断と統計マニュアル第5版)とICD-11(国際疾病分類第11版)でほぼ共通しています。主なポイントは以下の通りです。

  • 予期しないパニック発作が繰り返し起こること。発作は特定の状況や刺激に限局せず、不意に生じます。
  • 少なくとも1回の発作の後に1か月以上にわたり、「また発作が起きるのではないか」という持続的な心配や、発作に関連した状況を回避するなどの行動の変化(適応不全行動)が認められること。
  • これらの不安・行動変化により、本人の社会生活、仕事、日常生活に著しい支障が生じていること。
  • 症状が他の身体疾患、精神疾患、薬物・薬剤の影響によるものではないこと。

要するに、パニック障害とは「予期しないパニック発作の繰り返し」と「それに対する恒常的な不安や回避行動」によって特徴づけられる障害です。

広場恐怖症の診断

広場恐怖症はパニック障害にしばしば併発する疾患です。DSM-5(精神障害の診断と統計マニュアル第5版)とICD-11(国際疾病分類第11版)を統合すると下記のような診断基準になります。

恐怖・不安の対象となる状況

以下の状況のうち、2つ以上の状況に対して強い恐怖や不安を感じる

  1. 公共交通機関を利用する(例:電車、バス、飛行機)
  2. 開けた場所にいる(例:駐車場、橋、市場)
  3. 閉鎖された場所にいる(例:店、劇場、映画館)
  4. 人混みや行列にいる
  5. 家の外に一人でいる

恐怖の内容

  • これらの状況において、逃げ出すことが困難である、助けを得られない、あるいは突然の発作(パニック発作など)が起きた際に対応できないことへの強い不安や恐怖を抱く。
  • または、状況内での制御不能な症状(めまい、動悸、失神など)が他者に見られることへの強い不安を抱く。

回避行動

  • これらの状況に直面すると、ほぼ必ず強い不安または恐怖を引き起こす。
  • そのため、これらの状況を積極的に回避する、信頼できる人の同伴がないと耐えられない、または極度の恐怖や不安を感じながら耐える。

恐怖・不安の程度

  • 恐怖や不安の強さは、実際の危険度や社会文化的背景に対して著しく過剰である。

症状の持続期間

  • 症状は少なくとも6か月間(ICD-11では「数か月以上」)持続する。

生活への影響

  • 日常生活・社会生活・職業・学業などに著しい支障をきたしている、または強い苦痛を感じている。

他の疾患による説明がつかない

  • 症状が、他の精神疾患や身体疾患(例:めまいを伴う神経疾患、心疾患)ではうまく説明できない。

治療

薬物療法

抗うつ薬

抗うつ薬、とりわけSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)やSNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)はパニック障害の第一選択薬とされています。SSRIやSNRIといった薬剤は、多くのランダム化比較試験でプラセボ(偽薬)より優れた有効性を示し、発作頻度の減少や不安症状の軽減に効果的です。効果発現までに2~4週程度要するため、その間に後述のベンゾジアゼピン系薬を頓用で併用することも検討されます。十分な効果が得られれば長期的な再発予防のために6か月~1年以上の維持療法を行うことが推奨されます。

ベンゾジアゼピン系抗不安薬

ベンゾジアゼピン系抗不安薬は、即効性があります。こうしたことから、ベンゾジアゼピン系抗不安薬は発作時の頓服薬として有用です。しかし一方で、ベンゾジアゼピン系は長期使用による依存形成や耐性のリスクが知られています。数週間以上の連用で効果が落ちることや、中止時に離脱症状が出現する可能性があります。そのため、ベンゾジアゼピン系抗不安薬は原則として第一選択とはせず、抗うつ薬治療の補助や短期使用にとどめる方針が推奨されています。したがって、急性期の強い発作には頓用で用い、症状が落ち着いたら段階的に減量・中止していくことが望ましいとされています。

非薬物療法

生活習慣の改善

日常生活で摂取する刺激物や嗜好品も、パニック障害の症状に影響を与えることが科学的に明らかになっています。特にカフェイン、タバコ(ニコチン)、アルコールの3つはパニック発作を誘発・増悪させる要因として知られています。

  • カフェイン:カフェインはコーヒーや紅茶、エナジードリンクに含まれる中枢神経刺激物質で、アデノシン受容体拮抗を通して心拍数増加や血圧上昇、不眠など交感神経を活性化する作用があります。健常者でも高用量のカフェイン摂取は不安感を高めることがありますが、パニック障害患者ではカフェインに対する感受性が非常に高いことが分かっています。プラセボ対照試験をメタ解析した研究によれば、400~700mg程度のカフェイン(コーヒー約5杯相当)を急性投与した場合、パニック障害患者の約51%に実際にパニック発作が誘発されました。対照的に健常対照ではわずか1.7%しか発作を起こさなかったと報告されており、カフェイン負荷に対する反応の差は顕著です。また発作に至らなくとも、不安感や緊張感の増大など主観的な不安症状も患者群で有意に強く現れました。以上の結果から、カフェインはパニック障害の病態生理に関連する重要な誘因であり、日常的なカフェイン摂取量に注意を払う必要があります。メカニズムとしては、カフェインがアデノシン受容体を遮断して神経興奮性を高めることで不安中枢を刺激するほか、交感神経系の亢進により、発作を誘発すると考えられます。以上より、パニック障害の患者さんはカフェインの過剰摂取を控えることが推奨されます。
  • タバコ(ニコチン):タバコに含まれるニコチンもまた中枢神経に作用する物質です。ニコチンは少量ではリラックス効果を感じることもありますが、本質的には交感神経を刺激して心拍数や血圧を上昇させ、不安感を引き起こしうる物質です。さらに喫煙習慣者は、ニコチン離脱(血中ニコチン濃度低下)に伴う離脱性不安も頻繁に経験します。こうした生理的影響に加え、喫煙者は慢性的な呼吸器の炎症やCO2蓄積により、パニック発作を誘発しやすい「窒息感」や「息苦しさ」に敏感になる可能性があります。疫学研究からも、喫煙はパニック発作・パニック障害の発症リスクを有意に高めることが示されています。米国で行われた10年間の追跡調査では、ベースラインで毎日喫煙していた人は非喫煙者に比べ、10年後にパニック発作を発症するオッズ比が約1.9倍に上昇し、継続喫煙者では2.6倍にも達していました。一方で途中で禁煙した人は新たにパニック発作が起きるリスクが有意に低下し(オッズ比約0.6)、既に発作持ちだった人でも禁煙によって発作の持続リスクが減少したという結果でした。つまり禁煙がパニック発作リスクを下げる効果が示唆されており、喫煙は明確な危険因子とみなされています。
  • アルコール:アルコール(飲酒)は一見、不安を和らげるために飲む人も多いですが、パニック障害との関係は複雑です。急性期には中枢抑制作用でリラックス効果がありますが、慢性的な多量飲酒やアルコール依存は不安発作を悪化させることが知られています。まずアルコール乱用者ではパニック障害の併存率が一般より高く、逆にパニック障害患者とその血縁者にはアルコール依存が多いという双方向の関連が指摘されています。さらに興味深いのは、アルコール多飲、離脱を繰り返す中で脳が過敏になり、些細なきっかけでパニック発作が「点火(kindling)」されるという仮説です。アルコール離脱では交感神経系が過剰に反跳し、発汗、動悸、振戦、けいれんなどが起こりますが、これらはパニック発作の症状と重なる部分があります。したがって慢性的な飲酒は、離脱時の生理的変化を通じてパニック発作を誘発・増悪させる可能性があります。またアルコール自体、長期的には睡眠の質を低下させ不安耐性を下げるなど、全般的にメンタルヘルスへ悪影響を及ぼします。
認知行動療法(Cognitive Behavioral Therapy:CBT)

認知行動療法(Cognitive Behavioral Therapy: CBT)はパニック障害に対する第一選択の心理療法です。認知行動療法(CBT)は思考や行動パターンに働きかけ、不安の悪循環を断ち切ることでパニック発作の軽減・予防を図ります。数多くの研究で有効性が実証されており、認知行動療法(CBT)は薬物療法に匹敵する治療効果を示すことが明らかになっています。例えばメタ分析では、認知行動療法(CBT)を受けたパニック障害患者の約73%が治療後3~4か月の時点でパニック発作が消失し寛解状態となったのに対し、対照群では27%に留まったとの報告があります。さらに治療終了後2年が経過しても、認知行動療法(CBT)群の約46%はパニック発作のない状態を維持しており、効果の持続性が示唆されています。こうした結果から、認知行動療法(CBT)は短期的効果だけでなく長期予後の改善にも優れた治療と考えられます。

治療プロセスとセッション構成の詳細

パニック障害に対する認知行動療法(CBT)は通常、約8~15回のセッションで構成されます(週1回の受診が可能なら典型的には3~4か月間程度)。各セッションは60分前後で、患者に課題(ホームワーク)が与えられ、次回に振り返る形式です。治療は大まかに以下のような段階を踏みます。

  1. 初回評価と心理教育(1~2回目):患者の症状評価と治療方針の共有を行います。まずパニック障害の病態モデルについて説明し(心理教育)、発作のメカニズムを理解してもらいます。例えば「パニック発作は命に関わる異常ではなく、『身体感覚→誤った解釈→不安の悪循環』で起こる」ことを図示し説明します。必要に応じて過呼吸時の呼吸法やリラクゼーション法も紹介します(リラクゼーションは不安軽減に有用ですが、安全行動(不安回避策)となり得るため多用は避けます)。
  2. 認知再構成(認知療法)フェーズ(2~4回目): パニック発作を誘発・維持する思考パターンの修正を行います。患者がパニック時に抱く自動思考(「心臓発作で死ぬのでは?」「気が狂いそうだ」等)を一緒に洗い出し、その根拠を検討します。例えば、心拍が速くなると「このまま倒れる」と恐怖する患者に対し、治療者は「それは現実的な危険か評価しましょう。これまで実際に倒れたり命に関わる事態になったことがありますか?」と問いかけます。患者が「いいえ、いつも何とか落ち着きます…」と答えたら、「心拍数の上昇自体は無害であり、恐れている最悪事態には直結しない可能性が高いですね」と伝えます。このように対話を通じて思考の歪み(身体症状の誇張的な解釈)に気づかせ、より現実的で安心できる解釈へと修正していきます。必要に応じて不安日記や思考記録表を使い、自宅でも自動思考の観察と修正を練習してもらいます。
  3. 不安階層表の作成(3~4回目):認知再構成が進み不安対処のコツが掴めてきたら、曝露療法の準備として患者が避けている状況を階層化します。具体的には、患者が不安を感じる場面や刺激を書き出し、恐怖度を0~100点で評価します。日常生活で回避している行動や、パニック症状を誘発しそうな行為をリストアップします。この際、実際に体験したことがない場面でも想像して不安になるなら含めて構いません。比較的易しい課題から困難な課題まで段階づけた不安階層表を共有し、次回以降の曝露セッション計画を立てます。
  4. 曝露療法(エクスポージャー)フェーズ(5回目以降):不安階層表に沿って段階的に恐怖刺激に直面する練習を行います(段階的曝露)。セッション内で治療者と行う場合もあれば、宿題として日常場面で行ってもらう場合もあります。重要な点は「安全に配慮しつつも不安を意図的に引き起こし、その結果『恐れていた惨事は起きなかった』という体験を積む」ことです。曝露中、患者が不安に圧倒されそうな場合は治療者が呼吸法等でサポートしますが、基本的には抗不安薬の頓用や逃避行動は控えてもらいます(不安への過剰な安全策は曝露効果を妨げるため)。患者と協力しながら適切な難易度で課題を反復し、不安強度が低下していくのを確認します。
  5. 治療の総括・再発予防(最終セッション):全てのエクスポージャー課題を達成できたら、治療全体を振り返り自信を深めます。患者が身につけた対処スキルを整理し、今後パニック症状が再燃しそうになったときに備える再発予防策を話し合います。必要に応じてフォローアップ面接(ブースターセッション)を1ヶ月後、3ヶ月後、6ヶ月後、1年後などに設定し、症状維持や追加支援を行います。これにより、治療効果を長期にわたり定着させることが期待できます。
不安階層表の作成方法と具体例

不安階層表とは:曝露療法(エクスポージャー)を計画する際に用いるリストで、患者が不安を感じる状況や刺激を易しいものから難しいものへ順に並べたものです。各項目には不安強度(主観的不安尺度:SUDs)を0~100で評価してもらい、患者にとって「達成可能だがやや不安を感じるレベル」の課題から開始します。階層表は治療者と患者が協働で作成し、患者自身が不安度を点数化することで、恐怖の程度を客観視する効果もあります。

作成手順
  1. 不安場面の洗い出し: まず恐れている状況をできるだけ多く挙げます。「人混み」「電車やバス」「長時間の会議」「橋を渡る」など、具体的にリストアップします。また「心拍が上がる」「息苦しくなる」といった内的な感覚に対する不安も含めます。
  2. 不安強度の評価: リスト化した各場面について、想像しただけで感じる不安の強さを0~100で評価します。0は全く不安なし、100は耐え難い恐怖とし、主観評価で構いません。実際に避けている状況ほど高得点になりやすく、日常でなんとか出来ている事は低得点になります。
  3. 段階的リストの完成: 評価点を参考に低→中→高の順に並べ替え、10項目前後の階層表を作ります。必要に応じて中間のステップを細分化して入れることで、急激に難易度が上がらないよう配慮します。例えば「一人で電車に乗る」の前段階として「誰かに駅まで付き添ってもらい途中から一人になる」を入れる、といった工夫です。このように緻密にレベル分けするほど、患者は無理なく挑戦しやすくなります。
  4. 最初のターゲット選択:不安度が中程度(目安として40~60点前後)の項目から、実践練習を開始します。高すぎるレベルをいきなり行うと失敗体験につながる恐れがあるためです。一方であまりに低いレベル(ほとんど不安を感じない課題)から始めても治療効果が乏しいため、適度な緊張を感じる中間レベルが適切です。選んだ項目について、具体的に何をどのように行うか(練習課題)を明確化します。
曝露療法の実施手順

曝露療法(エクスポージャー)は、不安階層表に基づいて恐怖刺激に直面する訓練です。パニック障害の場合、身体感覚そのものへの曝露(身体感覚曝露 Interoceptive exposure)と、恐れて避けている現実場面への曝露(in vivo exposure)の両面で進めるのが効果的です。

身体感覚そのものへの曝露(身体感覚曝露 Interoceptive exposure)〉

身体感覚そのものへの曝露(身体感覚曝露 Interoceptive exposure)とは、パニック発作時の身体症状を意図的に再現し、その感覚に慣れさせる訓練です。心拍亢進、めまい、呼吸の乱れなど、発作時に生じる身体感覚そのものを安全な環境下で繰り返し体験します。これにより患者は「その感覚自体は無害で、一過性のものである」ことを身体で学習します。研究によれば、身体感覚そのものへの曝露(身体感覚曝露 Interoceptive exposure)を組み込むことで治療効果と受容性が向上することが示されています

実施例

苦手とする身体感覚に合わせて、以下のようなエクササイズを行います。

  • 呼吸をあえて乱す:1分程度、浅く速い呼吸を繰り返して過呼吸状態を再現します(過呼吸によりめまいや手足の痺れが誘発されます)。
  • 息苦しさを再現:ストロー越しに呼吸してみたり、30秒息を止めたりして、胸部の締め付け感や息苦しさを再現します。
  • 心拍上昇を誘発:その場で駆け足やジョギングを1分間行い、心拍亢進や体温上昇・発汗を起こします。
  • めまい・ふらつきを誘発:椅子に座って急速に回転する、あるいは数回素早く屈伸して立ち上がることで、一時的な平衡感覚の乱れを起こします

これらの作業で不安度が上昇したら、その状態をしばらく維持するよう促します(すぐにやめず数十秒~1分間感じ続ける)。ピークを越えると不安が軽減していく経験を何度も繰り返すことで、患者は徐々に「不快な身体感覚=必ずしもパニック発作ではない」と学習します。
エクササイズ後には必ず振り返りを行い、「不快な身体感覚があっても実際にはパニック発作は起きずに不安が次第に軽減していった」という事実を整理し、誤った認知を修正します。

現実場面への曝露(in vivo exposure)

現実場面への曝露(in vivo exposure)は、患者が日頃避けている実際のシチュエーションに段階的に直面する練習です。広場恐怖症を伴うパニック障害では、この現実場面への曝露(in vivo exposure)が治療の中核になります。エレベーターや電車に乗る、一人で遠出するなど、「また発作が起きたらどうしよう」と恐れて逃避していた状況にあえて挑戦することで、恐怖反応の減弱(消去または慣れ)を図ります。曝露を繰り返すことで、当初90点だった不安が徐々に50点、30点…と下がっていき、最終的には「その状況でも不安にならなかった」という成功体験が得られます。

進め方
  • 作成済みの不安階層表に沿い、やや低いレベルから順に実施します(段階的曝露)。たとえば「自宅から最寄り駅まで一人で歩く」が達成できたら次は「各駅電車で1駅だけ乗る」、それができたら「各駅で3駅乗る」…というように、少しずつハードルを上げます。一度のセッション内で行うこともあれば、宿題として患者が自主的に取り組むこともあります。重要なのは患者が自分のペースで成功体験を積めるよう調整することです。いきなり最も恐怖の強い課題を行う「フラッディング」も理論上は効果がありますが、脱落のリスクが高いため通常は用いません。
  • 曝露時には、患者が安心を得るために行っている習慣(安全行動)をできるだけ排除します。安全行動とは、例えば「発作時に備えて薬を握りしめておく」「すぐ逃げられるよう出口近くに立つ」「携帯電話を常に手に持ってお守り代わりにする」等の行動です。これらは短期的安心を与えますが、恐怖の根本的な解消を妨げます。曝露効果を最大化するには、敢えて不安な状態をそのまま経験することが重要です。ただし安全確保自体は重要なので、危険が及ぶ状況では無理をしない前提です。
  • モニタリングと振り返り: 各曝露の前後で不安強度を記録させ(0~100で主観評価)、回数を重ねるごとの変化を見ます。初回は不安90でも、5回目には60に低下…という具合に数字で実感できるとより意欲も上がっていくことが考えられます。達成できた課題は大いに称賛し、次のステップへの自信につなげます。仮に不安が強すぎて途中で回避してしまっても責めず、「どうすればもう少し続けられるか」建設的に検討します。
曝露療法の成功率と効果

適切に行われた曝露療法は高い成功率を誇ります。研究では、CBTプログラム(認知再構成+曝露)完了時点で70~80%の患者がパニック発作から解放されると報告されています。特に広場恐怖を伴う例では、回避行動の改善による生活範囲の拡大が著明です。「電車に乗れない」「一人で外出できない」などの制限があった患者が、治療後には問題なくそれらをこなせるようになるケースも少なくありません。ある集中的な曝露療法プログラムの報告では、約83%の患者が1年後フォローでも寛解状態を維持していたとのデータもあります。もっとも、現実には完全寛解に至らずとも症状が大幅軽減する例も含めれば、大多数の患者でQOL(生活の質)の向上が得られることは確かです。

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