適応障害
1. 序論
適応障害(Adjustment Disorder)は、現実に起きた特定のストレス因(人生の出来事や環境の変化)に対して、通常の適応範囲を超える心理的苦痛や行動の変化が生じる障害です。うつ病や不安障害など他の明確な精神疾患の診断基準を満たすほどではないものの、ストレスによって抑うつ気分、不安、苛立ちなど多様な症状が引き起こされ、日常生活に支障を来します。ストレス因が発生してから比較的短期間で症状が出現し、ストレス因が除かれれば長くても半年程度で症状が軽快する一過性の経過をとることが特徴です。
2. 診断
適応障害の診断基準は国際的分類(ICD-11)と米国精神医学会の基準(DSM-5)で若干異なります。それぞれの主なポイントは以下の通りです。
DSM-5の診断基準
DSM-5では適応障害の基準は以下のように定められています。
- 発症時期:明確に確認できるストレス因に反応して、そのストレス開始から3か月以内に情緒面または行動面の症状が出現する
- 症状の程度:そのストレス因に不釣り合いな程度の著しい苦痛または社会的・職業的機能の障害が認められる。
- 他疾患の除外:症状は他の精神障害では説明できない。また正常な死別反応ではない。
- 経過:ストレス因またはその結果が終結した後は、その症状がその後さらに6か月以上持続することはない。
- DSM-5では適応障害の症状経過に応じ「急性(症状の持続が6か月未満)」「持続性(症状の持続が6か月以上)」の特定が可能です。
- サブタイプ: 症状の主たる様相により、「抑うつ気分型」「不安型」「混合型(不安+抑うつ)」「行為障害型」「混合型(情動面+行為面)」のサブタイプに分類されます
ICD-11の診断基準
ICD-11では適応障害はDSM-5と共通する点も多いですが、症状面の定義がより明確化されています。主な特徴は次の通りです。
- ストレス因と時間経過:はっきりと特定できる心理社会的ストレス因または重大な生活変化に対する不適応反応であり、ストレス因への曝露から1か月以内に症状が出現する。
- 症状の特徴:ストレス因に対するとらわれ(preoccupation)と適応の失敗(failure to adapt)が中核症状とされています。具体的には、ストレスとなった出来事に対する過剰な心配や反芻思考が続き(とらわれ)、日常の集中力や睡眠などに支障を来たす、といった形で生活機能の障害が現れます。情動面では不安や抑うつ、行動面では衝動的・攻撃的行動など多様な症状がみられますが、特定の症状に限局しません(複数の情緒・行動症状が混在しうる)。
- 経過:症状は一過性であり、ストレス因の開始から約6か月以内に自然軽快する傾向があります(ただしストレス因が持続する場合は症状も持続し得る)。
- 他疾患の除外: 他の精神・行動障害で説明できないことが求められます。
補足:DSM-5とICD-11の大きな違いは、発症までの期間(DSM-5は3か月以内、ICD-11は1か月以内)と症状定義の明確さ(ICD-11では「とらわれ」と「適応失敗」を強調)です。またDSM-5では臨床的特徴に応じたサブタイプ分類がありますが、ICD-11では設けられていません。両者ともストレス因への反応としての異常な苦痛と機能障害を重視し、他の疾患では説明できない一過性の症状であることを診断の核としています。
3. 治療
適応障害の治療は、まず第一にストレス因への対処が重要です。基本原則は「ストレスの低減」と「対処能力の強化」であり、その手段として心理療法(カウンセリング等)を中心に、必要に応じて薬物療法を補助的に用います。
心理療法・心理的介入
- ストレス因の除去・環境調整:まず可能であればストレス因そのものを軽減・除去する、ストレス源から離れることが根本的治療となります。例えば職場の人間関係や業務負荷が原因であれば配置転換や休職を検討します。ストレス因を除去、もしくはストレス因から逃れられる場合はこの対応で症状改善する場合もあります。現実にはストレス因を直ちになくすことが難しい場合も多いため、環境調整と並行して以下のような心理的支援を行います。
- 認知行動療法(CBT):適応障害患者に対するCBTの有効性は近年ランダム化比較試験で検証されてきています。CBTではストレス状況に対する認知の歪みを修正し、問題解決スキルやリラクセーション法を習得することで対処能力を高めます。適応障害は比較的短期の介入で改善することが多く、CBTとの相性は良いと考えられます。
薬物療法
薬物療法は適応障害において補助的な位置づけであり、症状が重度で心理的介入だけでは十分でない場合に検討されます。特に不眠、激しい不安発作、抑うつ気分の強さなどに対処する目的で短期間用いられます。ただし、適応障害自体に対する薬物の確立した治療エビデンスは乏しく、漫然と長期投与することは推奨されません。